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みゅーずりん仮名
みゅーずりん仮名
novelistID. 53432
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『 鉛筆 』

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その文字を打とうとした時に、首の辺りに違和感を感じ、私は振り向いた。誰もいない部屋はさっきよりもひんやりとしていたが、特に変わりはない。無線キーボードはカ行を打つことのみを禁じているだけで、そのことで私が怒っているのを誰かに知られたら、人はどのように感じるだろう。笑ってくれる人はいないか。すると、書け、という女性の声が遠くから突然耳元へ飛んできて言った。聞こえてはいけない声だ。
それを放って歩き出した目の先の床に、小さな鉛筆が落ちていたが、拾って見れば芯が獰猛に折られた形跡があった。再び捨てるのもためらわれるし、と私はポケットへそれをしまい込んだ。なんとなく寒い。外へ出る私を引き留めるかのように鍵が無くなっていることに苛ついて、私は指先にようやく触れた鍵と引き換えに、やはり鉛筆を捨てた。カラスが二羽、大きな鳴き声と艶のある羽を見せびらかして飛んで行った。道端のサイドミラーを覗き込むと、赤味を無くした顔と一気に増えた白髪が映っていた。もう、書くことを辞めてもいいですか、と私は頭の中に話し掛けたが、住人は今日は出掛けているようだった。
地面の割れ目の横に、黒いガムの噛カスが見えて、それを剥がすオジサンは最近いなくなったなぁと考える。色々なことがあった。だけれども、誰だって自分が大事だ。私も同じく、油も血も大切にしてきたが、健康第一とか痛みを耐えるのは嫌いだとか、怖い思いはしたくないとか言って、逃げても良かったのではないか。人生とは何だと聞かれても答えなど無いのに、生きるための闘いなど無いのに、寝るところも食べ物もあるのに、次世代など要らないのに、新しい携帯電話の広告を見て、次の給料を考えて過ごしている。
私は泣いたが、誰も見ていない。今そこの人が記憶の中から現れたのだとしても、時代を生きるためには仕方がないのか。混沌とした時代を、ただぼんやりと見つめ、何も出来ないでいる。それくらいの痛みで涙は勿体ない、と唇は動き、誰かの叫び声に耐えた。人の声では無く、人の顔では無い、何も指定出来ないことが不思議だった。私が私を特定することは、罪ではない筈で、それが不安なのだ。明るい陽の中で、すべて忘れよう。そして、次世代を受け入れる準備をするために、開いた段ボール箱をまたガムテープで留めた。
流れ者や浪人は勘弁だし、何も無い生活も。それから、鉛筆を捨てたことを後悔した。私は捨てれるだろうか、今の時代と生活を。

作品名:『 鉛筆 』 作家名:みゅーずりん仮名