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茨城政府

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 敵機が来るというのに味方戦闘機が上空にいないことを幸いと考えるのは軍人として恥ずべきことかもしれない。だがこの基地の役割は零戦を使った特攻隊員の育成だ。
 上下に主翼の付いた『赤とんぼ』と親しまれた練習機で、これから大空へ羽ばたくパイロットの養成を行っていたこの基地の役目は、昭和19年(1944年)秋からは戦闘機パイロットの養成へと変わり、零戦と零戦をベースに2人乗りの複座型にした零練戦が配備された。それも束の間で昭和20年2月になると戦局の悪化により零戦を用いた特攻要員の養成へと変わった。最近は特攻要員の育成に加え実戦部隊の任務も加わり、俺たち教官は、特攻要員の教育を行いながら戦闘任務もこなすこととなり、零戦52型と最新鋭の紫電改が少数配備された。どうせ死ぬなら大空で戦って死にたい。この国を守って大空で死ぬなら本望だ。だが、実戦部隊としての俺たちは燃料不足と本土決戦に備えて温存されている。だから普段飛び回っているのは特攻訓練を行っている使い古された零戦のみ。離着陸と編隊飛行に計器飛行そして急降下での突入訓練。着陸を除いて全て特攻のための訓練だ。まともな訓練を受けていない彼らが上空にいたら、敵にとっては格好の標的、空飛ぶ鴨だ。彼らは鷲にはなれず鴨のまま僅か2ヶ月間の訓練で巣立つ。死へ向かって。第1筑波隊から第8筑波隊まで1部隊8機8名だから64名。その殆どが20代前半の予備士官だ。
 俺なんかが逆立ちしたって入れない大学、しかも名門大学の卒業を切り上げられて予備学生となった彼らを特攻隊員として教育し、送り出す俺。この戦争が終わったら日本に必要なのは俺のような職業軍人ではなく、彼らのように高度な学問を習得した人間だ。なのに俺がやっていることは、彼らに必ず死に方を教えている。敵を倒し我が身を守るのではなく、我が身を散らして敵を倒すことを教えている。敵艦へ急降下する零戦は、まるで心中するのを嫌がるように浮かび上がろうとする。それを抑え込んで自分もろとも命中させる。「最後の瞬間まで目を閉じるな」そう教え込んでいるが、そんなことできる訳がない。多分実戦経験豊富な俺にも無理だろう。26歳の俺にとっては弟みたいな年齢の連中が必死になって死ぬための訓練をしている。
「俺も必ず行く。」
 走りながら忌々しげに空を睨んだ墨田准尉の視界の中で、米粒大の敵機が上昇と降下を繰り返している。
 時折陽光を反射させるそれは、多分銀色に磨き上げられたP51Dムスタングだろう。硫黄島が占領されてからは、B−29の護衛はもとより、昼間堂々と飛んできて飛行場に機銃掃射をしに来る。それだけじゃない。農作業している人や水田で遊ぶ子供達、学校まで銃撃していく。彼らにとってはついでの寄り道程度なのだろうが、民間人を照準して撃つとは正気の沙汰じゃない。いや、そもそも日本人を人間だと思っていないのだろう。やつらの12.7mm機銃6丁の前では、生身の人間なんて紙屑同然だ。
 いつもなら、真っ先にこちらを銃撃に来るが、北東の空を乱舞している。陸軍の水戸南飛行場を襲っているのかもしれないが。いや、水戸ならもっと小さく見えるはずだ。
−もしかして奴ら−
 2月の末、基地の所在地でもある宍戸地区で国民学校の生徒が敵戦闘機に銃撃されて死んだ。普段この基地の零戦に目を輝かせていたに違いない少年を、基地の目と鼻の先で惨殺された。あんな悔しい思いはまっぴらだ。
 隅田は待機所に駆け戻り自転車に飛び乗った。さっき整備員が森の中に隠した零戦のエンジン音がまだ聞こえる。あれならすぐに飛び立てる。教官機は、訓練中に敵機に襲われた時を考え、武装した新型の零戦52型が割り当てられている。21型も52型も零戦には変わりないが、武装も速度も防弾性も52型の方が上だ。
「待ってろよ!」


「飛行機なんか、大っ嫌いだ!」
 畦道(あぜみち)から足を踏み外して田んぼの中に転げ落ちた僕は、機銃を撃ちながら真上を飛び去った銀色の戦闘機の後ろ姿を睨む。ふと手の中ですっかり絞られた緑の塊に気付き投げ捨てる。手のひらからこの場に不自然な香りが鼻をくすぐる。そうだ、お母さんが草餅を作ってくれるからヨモギを取りに来てたんだった。
「飛行機なんか、大っ嫌いだ!」
僕は再び叫ぶ。鬼畜米英!アメ公の飛行機も嫌いだし、こんなに近くに基地があるのに助けに来てくれないゼロ戦も嫌いだ。
 田植えに向けて田おこしをしてある田んぼの土は柔らかく、足をとられてうまく進めない。やっぱり畦道で逃げるしかない。畦道は田んぼの枠みたいなもんだから、空から丸見えだろうな。僕は畦道を走り出す。轟音が近づいてくる。敵機に狙われたら真っ直ぐ前に逃げずに反対方向に逃げるんだって、基地の人が教えてくれたけど、そんな簡単にはできない。
 土に銃弾が突き刺さる連続音が近づいてくる。
「お母さん、もう駄目だ。ごめんなさい。」
足をもつれさせて転んでしまった僕は、心の中の叫びなのか、口に出したのか分からないけど、母に詫びていた。
 転ぶと同時に頭を抱え込んだ僕の真後ろで音が止み、僕は暖かい空気と何かが焼けるような臭いに包まれた。直後に僕の背中を聞きなれたエンジンの音が後ろから前へと物凄い勢いで過ぎ去る。

「坊や、早く逃げるんだ!逃げろぉっ!」
 必死で止める整備兵の山中を突き飛ばして離陸した俺は、低空を全速で駆け抜け、子供の銃撃に夢中になっていた卑劣なP−51Dに20mm機銃の一連射を加えた。磨き上げられた銀色の機体から分離した主翼がひらひらと舞い上がり、バランスを崩した機体は一瞬で乾田に突き刺さり炎上する。こんな輩には、ありったけの銃弾を撃ち込んで火だるまにしてやりたいところだが、そんな余裕はこの国にはもうない。それにくらべてアメ公は、敵地の上空で戦闘をするのに迷彩さえ施さないギラギラと輝く銀色の機体、胴体には大きな女性の絵を描きこんで、その殆どは挑発的なポーズを晒している。ヌードを描きこむ奴さえいる。どこまでふざけた連中なんだ。
−そんな奴らに好き放題にされてる俺達はなんなんだ。−
 前方の乾田に突如列を成した土煙が見え、悔しさに苛立つ間もなく全身の毛が総毛立ち反射的に左に機体を滑らせる。やはり気付かれた。さっき落とした奴の仲間が3機いたのは確認済みだ。奴らは目立ちすぎるし隠れようともしない。超低空で接近した俺の愛機は上面を濃緑色で塗装されているから奴らには見つからずに近づくことが出来たが、仲間が撃墜されてようやく気付いたのだろう。
 ハッキリ言って、不利過ぎる。奴らの方が高度が高い、速度が速い、数が多い。こちらは超低空、速度も遅い、ノロノロと上昇しようものならハチの巣にされてしまう。超低空を逃げ回ってチャンスを掴むしかない。相手が見えている限り、空戦は諦めた方が負けだ。


−−−−−つくば大学 工学部 環境エネルギー工学科 高エネルギー研究室−−−−−
「何してるんだね?」
 急にかけられたかすれ声は、振り返らずとも分かる。高砂教授だ。
作品名:茨城政府 作家名:篠塚飛樹