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④全能神ゼウスの神

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時空の狭間


甘いチョコレートの香りに誘われて、私はそちらへ寝返りをうった。

すると暖かく包み込まれ、柔らかなものが唇に触れる。

「ん…。」

低い艶やかなため息が耳をくすぐり、一気に意識が覚醒した。

「っ!」

眩しい虹色の光に目が眩み、何度も目をしばたく。

するとだんだんはっきり見えてきたのは、目の前にある滑らかな肌の喉仏。

どうやら、そこに私の唇が当たってしまったようだ。

「リ…カ様?」

掠れた声で名前を呼ぶと、ぎゅっと抱きしめられる。

「…んー…。」

ギシッとスプリングが軋む音に、鼓動が跳ねた。

どうやらここは、ベッドの上…。

(なんで、こんなことになってるの!?)

私は必死に記憶を手繰り寄せる。

(たしか…リカ様からヘラ様の話を引き出して…。)

(『「タメ口、呼び捨てができたら…ご褒美にちゅー。」』)

「わーーーーっっっ!!!」

頭が爆発するように一気に全身が熱くなり、思わずリカ様をふりほどいて飛び起きた。

「っ!なに!?」

リカ様も飛び起きる。

「なななななんで!!??」

虹色の光が消失する中、私は勢いあまってベッドから転がり落ちた。

「!めい!!」

リカ様が慌てて私の腕を掴む。

するとまた、眩い光が私たちを包み込んだ。

「あ!服着てる!!」

私はリカ様に手首を掴まれながら、自分もリカ様もちゃんと服を着ていることにホッとする。

「…朝から元気だなー。」

リカ様はもう一度ベッドに横たわると、困ったように微笑みながら片肘をついて私を見下ろす。

そして私の腕を放し、頭を優しく撫でてくれた。

「おはよ。」

穏やかな表情で、リカ様は私の頬に手を滑らせる。

「…おはようございます…。」

小さな声で応えると、だんだんと私たちを取り巻く光が再び虹色へと変化した。

「一晩抱いてても、やっぱ魔道界ではゼウスにならなかったなー。」

リカ様は私の頬を指で優しく摘み、ふにふにと感触を楽しむ。

(ひ…一晩!?)

「…あ…あの…、なんでこういうことに…。」

状況が掴めない私は、ベッドの下に正座してリカ様を見上げた。

「ん…もう昨日は大変だったー。ベッドまで運ぶのに重い重い。」

(ひー!マシュマロでごめんなさい!)

「うそ。シャボン玉に入れたから軽々。」

(…。)

がっくりと項垂れる私の頬を弄びなから、リカ様が妖艶に頬笑む。

「気ぃ失うほど、ちゅー気持ち良かった?」

(!?)

「いやいやいや!それも嘘でしょ!?ちゅーなんかしてないから!!」

焦る私を見て、リカ様が声を立てて笑った。

「あっはっは!覚えてた?」

「もう、リカ様…!!」

抗議を遮るように、リカ様が私の頭を胸に抱きしめる。

「…!」

驚きすぎて声が出ない私の耳に唇を寄せて、鼓膜に直接囁きかけるリカ様。

「タメ口で、呼び捨て。」

熱い吐息が耳の中に吹き込まれ、私は再び意識が遠のく。

「…。」

その瞬間、リカ様がパッと私を離した。

一瞬で虹色の光が消え、体を包み込んでいた温かさがなくなり、とたんに心細く、寂しくなる。

「リカ…様?」

戸惑って訊ねると、リカ様が枕を抱きしめながらぷいっと横を向いた。

「陽は呼び捨てだしタメ口なのに。」

小さく呟きながら、2つ目の枕を抱き寄せて顔を埋める。

(…か…可愛い…。)

(…リカ様って、こんな人だったっけ?)

(ゼウスの時は無機質で冷ややかで落ち着いてるイメージしかなかったから、こんな可愛いと)

「幻滅?」

こちらの顔色を伺う子犬のように枕から目だけだして、斜めにふり返るリカ様。

母性本能を掻き立てるその姿は、私の心をどんどん奪っていく。

「なんか、めいには甘えたくなる…。母親にでさえ甘えたことねーのに。」

言いながら再び枕に顔を埋めるリカ様に、たまらず後ろからその大きな背を抱きしめた。

「…リカ。」

私は勇気をふりしぼって、呼んでみる。

胸が痛いほど高鳴り、頭のてっぺんまで心臓になったよう…。

リカは枕を脇に置くと、抱きしめる私の手を取り、その手のひらに口づけた。

「!」

二人を包み込む光が、虹色に変わる。

甘い空気になった時、リカがぼそっと呟いた。

「指の先まで、むちむちしてんな。」

「…!」

ムッときた私は、抱きしめていた腕を解こうとする。

「ぷっ…。」

リカは吹き出しながら、ぐっと私の腕を掴んだ。

「嘘。ごめん。」

甘えた声で言われると…つい許してしまう。

二人でやわらかな虹色の光に包まれて、お互いの体温を分け合い、穏やかな時間が流れた。

「今朝は、何がいいですか?」

「敬語禁止。」

ピシャリと注意され、私は気恥ずかしくなる。

「…今…朝…は…な…に…に…す」

「ロボットか!」

鋭いツッコミを入れながら、リカが大笑いし始めた。

「…。」

「めっちゃすごい手汗…。ほんとウブだな。」

そう言ってふり返ったリカの困ったような笑顔は、どこまでも甘く可愛い。

そしてそのまま後頭部を引き寄せられ、近づく唇に鼓動が激しく高鳴ったその時。

「魔導師長!!」

突然、部屋の扉が開けられる音がした。

そして大きな足音はみるみる間に寝室へ近づき、ノックなしで開く。

「わ!なんだ、このいかがわしい色の光は!!」

髭面の小柄な魔導師は虹色の光に、目を細めながらこちらを見た。

「いつまで寝てるんですか、魔導師長!まーた変な力を得てるし…」

私とバチっと目が合った彼は、そのまま固まる。

「…。」

彼はゆっくりと私から目を逸らし、リカを見た。

「…。」

無表情、無言で彼と見つめ合うリカ。

(なんか、室内の温度が下がった気がするのは気のせい?)

私がぶるっと身震いすると、リカが私を後ろから包み込んだ。

「ギル。」

私を温めながら発した声は、地底を這うように低く凄みがある。

「はい!」

ギルと呼ばれた髭面の小柄な魔導師は、姿勢を正した。

リカは、ゼウスの時を彷彿とさせるような無機質な蝋人形のような表情で、淡々と言葉を紡ぐ。

「『ノック』って、知ってる?」

「はい!扉を指の第二関節で軽く叩くことです!」

「…。何の為にするか、知ってる?」

「はい!室内の方に、来訪を伝える為です!」

「うん。あと、入室の許可を得る為な。」

「はい!」

全く意に介さない様子のギルに、リカは『はーっ。』と乱暴なため息を吐いた。

「…もういい。」

(諦めた!)

思わず吹き出した私は慌てて口元を手で覆ったけれど、時すでに遅し。

後ろから抱きしめられていた体は、いとも簡単に横抱きにされる。

そもそも不機嫌になっていたリカは、妖艶な笑みを浮かべて私を見下ろした。

「取り込み中だったんだけど。」

言いながら私に迫るリカ。

「リ…リカ!」

その顔を手で必死に押し退けようともがく私に、ギルの信じられない言葉が聞こえた。

「それは後にしてください。時空間の狭間に、女性がいるんです。急ぎ救出を。」

「!」

リカと私は顔を見合せ、 同時にギルを見る。

「狭間に?」
作品名:④全能神ゼウスの神 作家名:しずか