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短編集20(過去作品)

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 ということを漏らした程度である。
 店の名前はスナック「レイン」、
「ちょうど開店した時期が梅雨だったのよ」
 たったそれだけの理由だとママが話してくれた。落ち着きのある色の服が似合うのはスリムなせいもあるだろう。いかにも「ママ」という雰囲気のあるママが名前をゆうこという。
 店はそれほど広くなく、十人ほどが座れるカウンターがメインで、テーブル席は一つだけだった。カラオケはなく、それだけに女の子との距離も近く感じ、落ち着いて呑めるのが私には嬉しかった。
 女の子は総勢で三人だった。絶えずそのうちの二人は出勤していて、私はその中の芳恵ちゃんがお気に入りだった。金沢に出張に出かける前の日も私はスナック「レイン」へ顔を出していた。
「今日、芳恵ちゃんは?」
「あら、いきなり芳恵ちゃんなの? ちょっとひどくない?」
 こんな会話が何度あったことか。どうしても芳恵の来ない日は早めに帰ることが多くなるくらいである。
「水谷さんは、芳恵ちゃんが目当てなのね?」
 ゆうこママはいつもそう言ってニコニコ笑っている。
 女の子目当てというのを明らかにしておくのもいいことかも知れない。目的が明らかだと、それなりの対応の仕方もあるだろう。何もしなくとも常連なのだから、あとは女の子に店から離れないようにさせるように言いつければいいだけだ。
「いらっしゃい」
 すべてが私だけのものだと思いたいような、素敵な笑顔を満面に浮かべて芳恵が出勤してきた。
「先に来てたよ」
「今日は早いのね」
「ああ、明日から出張だからな」
「まぁ。そうなんですの、どこまでですか?」
「金沢なんだ。初めて行くんだけどね。この間、話したぞ」
 あの時、芳恵もいたはずだ。
「あら、私出身は金沢よ。懐かしいわ」
 私の話の答えにはなっていなかった。まるで初めて聞いたような言い方に、私は少し不思議だった。
 そこから少し観光案内をしてくれた。兼六園、尾山神社、香林坊、犀川、などいくつかの観光名所を手短に話してくれた。
「おいおい、遊びに行くんじゃないんだけどね」
 笑いながらタバコを口に持っていくと、芳恵がすかさずライターを差し出す。
「このお店、レインっていうでしょ?」
「ああ」
「偶然なんだけど、ここのお店に入ってきた女の子は皆、雪の多い地方の出身なのよ」
「それで?」
 最初は何が言いたいのか分からなかった。
「雪国って、梅雨の時期が短いんですよ。だから、梅雨を暗示するレインという名前には敏感なんですよね」
「そういえば、ゆうこママはここの開店は梅雨の時期だって言ってたっけ」
「そうなのよ。だから私たちは梅雨に憧れてるんだけど、東京の人には辛いもののようですね」
「梅雨に憧れを持つなんて、考えたこともないよ」
 しかし芳恵の表情は真剣だった。よほど雪国の生活というのが厳しいものだということを垣間見たような気がする。
 レインに来て、ここの女の子に共通して感じたことは、肌が白いということだった。雪国出身であればそれも当然ではないだろうか?
 特に芳恵は白く、それが私が気に入った理由でもある。
「肌が白いと思っていたが、雪国出身だからだね?」
「そうでもないんですよ。向こうにいる頃は、結構色黒だったんですよ」
「ん? それはどうして?」
「だって雪って白いじゃないですか。白いものは光を反射するでしょう? しかも一面が銀世界なんですよ。そんなところでは焼けてしまいます」
 言われてみればそうだった。簡単な科学の理論である。こんなことも言われなければ分からなくなっている。学生の頃に習ったことなど、ほとんどが役に立たなかったり、忘れ去ってしまうことばかりだということを、今さらながら思い知らされた。
「この時期はまだ雪はないかな?」
「そうですね、そろそろ雪がちらつく時期じゃないかしら。雪の準備はして行った方がいいと思いますよ」
 ご当地出身の芳恵が言うのだから間違いない。会社の連中の話は半信半疑だったが、芳恵に言われることで、用意をしていく決心がついた。
 ある程度心地よく酔っていた。元々アルコールに弱い私は最初に少し呑んで、それからはゆっくりペースになる。だから最初の一時間を過ぎると、私は手酌になるのだ。時計を見るとそろそろ午後九時、今までならこれからという時間である。
「明日、出張だから、そろそろ帰るね」
 そう言って立ち上がると少し上目遣いの芳恵が、
「そうね、またゆっくりいらしてね。楽しみにしているわ」
 と言って私を出口まで送ってくれる。
 扉を開けるとさすがに表は冷たかった。もう東京でもコートを着ていて不思議ではない時期に入ってきたのだ。
「風邪ひかないようにしてくださいね」
「ありがとう」
 見送ってくれた芳恵の腕が私の手に触れた。中が暑いくらいにヒーターが入っていたので、中で女の子は半袖である。
 芳恵の腕は熱いくらいに火照っていた。熱でもあるのではないかと思えるほどだが、意識はしっかりしている。いつもとあまり変わらない様子だった。
 その時の表の寒さが、なぜか忘れられない。今年になって初めて本当の寒さを感じたような気がする。翌日から雪国に出かけるという意識があるからだろうか?
 そんな昨夜のレインでのひと時を思い出していると、
「どうもお待たせいたしました。小池です」
 と応接室の扉を開いてがっしりとした体格で背の高い中年男性がニコニコ人なつっこそうに腰を曲げて名刺を差し出していた。本社の通路で見かけた時よりもかなりくだけた様子である。
 まるで噂など嘘ではないかと思えるほど落ち着いていて、懐の深さを感じる。それは決して悪い印象ではなく、心の中にある余裕を感じ取ることができるからである。社長ということを知らなければ普通の優しいおじさんで、ラグビーか何かをしていたのか、肩の辺りについた筋肉が盛り上がっていて頼もしさを感じる。
 それにしても、この腰の低さはどこからくるのだろう? 私が知っている社長というと、いくら零細企業であっても、どこか自信に満ち溢れていて、相手に決して低くなった腰を見せるなどしないものである。それが小池社長に限っていえば、腰を惜しげもなく下げ、相手を見下すようなことなど一切ない。そこから生まれる心の余裕が、誰にも冒すことのできない社長としてのプライドを感じさせるのである。
 普通なら社長以外に現場の責任者あたりが入っていてもいいのだろうが、
「すみません。現場の責任者を呼びたかったのですが、今は皆出払ってまして、私が応対しますので、お話を始めてください」
 そういうとテーブルの上に幾種類かのファイルを並べている。どうやら私が来るということで、早急に用意したのだろう。
 私は形式的な話から入った。その方が分かりやすいと思ったからである。喋り方もなるべく事務的な喋り方で、同じリズムを保っていた。いかにも営業口調といったところだろうか。
「少し待ってくださいね。確認します」
作品名:短編集20(過去作品) 作家名:森本晃次