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東京人コンパ

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 僕は東京生まれ、東京の高校を卒業して、青森の私立の美大に行くことにした。その大学の十和田キャンパスというところで、大学生活を送ることにした。
「美術なら東京でも学べるじゃないか」
 父も母も僕にそう言ったが、僕はどこか遠いところに行きたかった。遠くに行けばなんか少しは楽になるのでは、そんな安易な想いで決めた決断だ。

 青森に行ったものの、東京にいたときより、なかなか友達ができず、途方に暮れていたとき、掲示板のある張り紙が目に付いた。

“東京人コンパ。当大学の東京出身の方の集まるコンパです。是非ご参加ください”

 アドレスがあったので、そこに宮澤薫(かおる)という僕の名前を送ると、次回の金曜日のコンパの場所の指定があった。十和田の市街から、少し離れたダーツバーの店だ。
 僕はそこに行くことにした。
 金曜日にそのダーツバーの店に行くと、ダーツをするところと、立ち飲みをするための十人位が入れるスペースにテーブルがあり、僕はそこに近づいた。
「宮澤君だね」
「はい」
「東京出身?」
「はい」
「東京どこ?」
「南大井といって大井町と大森の間、大森海岸の駅の近くです」
「じゃあ品川区か。幸久と一緒じゃん」
「宜しくね」
 幸久と思われる男の子が僕に声をかけた。
「宜しく」
「早見とも近いんじゃない。早見、大森だろ」
「俺、早見圭、第一京浜で走り屋やってたんだ。宜しくね」
 コンパには女の子が四人、男の子は僕を入れて四人だった。
 
 一際目立つ美人がそこにいた。
 
 小柳久美という。彼女は自由が丘から歩いてすぐの、大田区田園調布の出身らしい。
 彼女と隣のテーブルになっても彼女が吹奏楽部の部活をやっていて、田園調布にいたこと以外何も聞き出せなかった。
 彼女から見て僕はお目当ての人じゃないとすぐに分かった。僕に興味があるように思えないし、質問をしても質問の回答だけが返ってきて、何も話がはずまなかった。
 もともといつも聴く側にたっている僕は彼女をリードする技量なんてなかった。しばらくすると彼女は僕から離れ、女の子達と話をしていた。小柳久美は他の誰かの男の子とも楽しそうに話すことなく、いつも女の子と話をしていた。
 
 どんな高嶺の花でも、僕は久美に恋をしてしまった。
 
 みんなでお酒を飲みいろいろ話をした後、適当にダーツをしたり、帰るものもいた。ポツポツとみんな帰って、藤田杏という女の子と僕だけになった。
「みんな帰っちゃったね」杏がそう言ったので、
「うん。僕達も帰ろうか」
「予定ないんだったら、私のハイツ来ない?」
「いいよ」
 このとき、僕はかなり酔っぱらっていた。彼女のハイツに行くと、
「そこのベッド座っていいよ」
 彼女はそう言った。
「おかまいなく」
 僕がそう言うと、
「あなたいつもそんなしゃべり方してるの?普通にしゃべれないの?」
「しゃべり方変かなあ」
「宮澤君、あなた彼女いないでしょ?あなたも小柳久美って子ねらってるの?無理よ。あの子はどんな男もよせつけないんだから」
「そう」
「あなた『fate』ってバンド知ってる?」
「ごめん。知らない」
「知らないの?」
「じゃあ、『波影』は?」
 僕は困っていると、
「それも知らないの?何も知らないのね。けっこう有名なバンドよ。インディーズだけど」
「インディーズのバンドなんて星の数ほどいるから、分からないこともあるよ」
「いいじゃない。ここは私の家なんだから。お酒飲み直しましょ」
 ベッドに座っている僕の横に杏は来た。
 二人で赤ワインをグラスで乾杯した。
「何で僕を呼んだの?」
「あなたしか残ってなかったからじゃない」
「誰でもよかったんだ」
「そういう質問、嫌い。それよりここは私の家なんだからね。私の話を聴いて」
「聴くよ」
「私の求めているものはね……」杏は言った。
 杏は、ワイングラスを転がして、目線を上にあげた。
「私の求めているものは、例えばバッグを買いに買い物に行ったとする。二つの候補があってどっちがいいって私が訊く。あなたはピンクとベージュだったら、ベージュと答える。ねえ真剣に考えているの?ピンクの方がいいわよ。私はピンクのバッグを買ってもらう。数日たって、私はやっぱりベージュの方が良かったという。あなたはバッグの店まで走っていってベージュのバッグを買って私に差し出す」
「かなりサディスティックだね」
「違うわよ。女の子が高級なバッグを持つことにもちゃんと意味があるのよ。私の大事な人がそれも金銭的に力がある人、つまり社会で成功している人が私のために高級なバッグを買ってくれる。それを持っていることが大事なの。聖なる幸せのシンボルみたいなものよ。そうして私は街の中でも自信をもって歩けるの。自分が惨めにならないし、人混みの中で自分が消えていきそうな感覚もなくなるの。素直じゃないでしょ。どうせそう思っているでしょ」
「うん。素直じゃない。それに大学生が高級なバッグなんて買えないよ」
「例えばの話よ。実際買えなんて言ってないわ。私の司祭者や教師には絶対否定されるような価値観を、社会から疎外される価値観を分かってほしいの。共有してほしいの」
 彼女は張りのある声で意気揚々と話していたが、その内容は斜陽のように、輝きの続かない行き着く果ての分かっている、悲しいものだった。
 僕はしばらく聴いていて違和感があった。
 杏は彼女の魂ではない、何か機能的なしゃべり、壊れたおもちゃのようにサディスティックな発言を続けているんだ。今の杏の発言自体に意味は持たず、何か杏の歪んだ境遇が、サディスティックにさせているかもしれないし、杏はその何かの境遇を言葉に変換する道具になっているかもしれない。
 
 それはまるで電源が入っていないのに、カルト的な力で動くステレオのようだった。
 
 僕はシーッと言って彼女を黙らせた。杏の頬を両手で押さえた。
「大丈夫。大丈夫だよ」
 僕がそう言うと、杏は僕の胸に彼女の頭を押し付けた。
 しばらく二人でベッドに入って、僕は彼女の髪を撫でたり、おでこや頬にキスをした。彼女の髪を優しくかき分け、子供をあやすように背中をポンポン叩いた。杏は僕の胸の中で安心したように頬を押し付ける。しばらくすると杏は僕の胸で震えている。
 泣いているようだ。
「泣いているの?どうしたの?」
 僕がそう言うと、
「人にこんなに優しくされるの生まれてはじめて」
 そう言って僕の胸で今度は声を出して泣いた。彼女が僕の胸で泣いている。
 かすれる声をたまに帯びながら。
 
 そのたまにかすれる彼女の声は、アンティークのエリミネターラジオのように美しかった。
 
作品名:東京人コンパ 作家名:松橋健一