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短編集19(過去作品)

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 ドキドキしてくる自分の感情を抑えなければならないのも辛いもので、なるべく感情を出さないようにしようと心掛けていても、自分の目が血走っていることは分かっていた。
 なかなか切り出さない彼女に業を煮やした私は、思わず下を向いてしまった。自分の頭をこれほど重いと思ったこともなく、頭痛を感じていそうなのだが、感覚がない。唇が微妙に歪み、目の下の皺が自然と寄っているのが、自分でも分かっている。
「ごめんあさい、私……。やっぱりいいです」
 逃げ出すように私の前を走り去る麻衣の後ろ姿が小さくなっていくのが見える。踵を返してほとんど時間が経っていなかったはずなのに、はるか遠くに彼女の後ろ姿が見て取れるのは、とても奇妙な感じだった。
――何だよ、一体――
 心の中で叫んだ。
 しかし不思議なのは、腹が立っているはずの私の心にホッとした心境が混ざっていることだった。
――もし、話の内容を切り出されていたら、どうなっていただろう?
 今までにこんなことを考えたことはなかった。無責任とまでは行かないが、ある意味、
――自分の考えを言うだけでも安心のタネになれば、それでいいことだ――
 まるで自分が緊張の緩和剤のような役目であっても、それでいいと思っていた。皆の気が楽になればそれに越したことはない。
 自分もよく鬱状態になることがあるが、そんな時は、話を聞いてもらえるだけでも嬉しいものだ。いつかはそんな存在になりたいと、密かに考えていたことも事実だった。
 しかし麻衣に限って言えば、
――無責任なことは言えない――
 と思っていた。彼女の雰囲気がそうさせるのかとも思っていたが、彼女の後姿が見えなくなった後に一気に襲ってきた脱力感、これがすべてを物語っているような気がしてならない。
――私は麻衣に特別な感情を持っているのかな?
 彼女との付き合いは長かった。
 同じ小学校に通っていて、ほとんど同じクラス、席も近かったこともあってか、話をすることが一番多い女性であった。
 もちろん小学生の頃同様、中学に入ってもその気持ちは変わらなかった。
――相手が麻衣であろうがなかろうが、私には異性への感情というものはないのだ――
 と自分で感じていたのは事実である。しかし一番麻衣が私に近い存在の異性であったことは、疑いのない事実だった。
 そんな麻衣に対して、私の態度は冷静だった。一生懸命熱くならないようにと自制の念を持って接しているのを見ると、逆に冷静に対応せねばと思うのである。
 少し間が開いてしまったが、緊張の中で一回咳払いをすると、緊張が解れたわけではないだろうが、我に返ったように麻衣はカッと見開いた目でこちらを見ていた。
「とりあえず……何だよ。話したくなったらでいいから、いつでも相談に乗るよ」
 何を言われるのかと思いビビッていたのだろう。私の言葉を聞いた彼女の肩は明らかに下がった。一気に襲ってきた脱力感がそうさせるのだろう。
「ありがとうございます」
 半分涙目で訴える彼女の瞳はキラキラと輝いて見えた。
 私の中でのドキドキした思いはなかなか消えようとはしなかった。それでも冷静さを失わない私のそういうところが、相談をしたい人には頼もしく写るのかも知れない。
――一体、彼女の意中の人とは誰なんだろう?
 私には非常に興味があった。いつも冷静な彼女が見せた一瞬の恥じらい。そんな彼女に思いを寄せられる男が羨ましくもあり、どんなタイプの男なのか想像も及ばないのが歯がゆくもあった。
――異性に興味が出てくれば、男性の魅力にも気が付くだろう――
 漠然とそんなことを考えている。
 私は男友達の多い方だと思う。しかし、親友といえるような友達は正直いない。ひょっとして相手にそう思われていて、自分で気付いていないだけなのかも知れないが、それも
異性の興味を持っていないからだと自分なりに解釈している。
 麻衣から相談があったことは、それからしばらく私の頭の中で引っかかっていた。クラスでも後ろの方の席にいる私は、ちょうど斜め前に座っている麻衣を嫌が上にも意識せざる終えない場所にいるのだ。一生懸命ノートを取るために前かがみになっている時に見せる彼女のうなじにドキッと来ている自分が不思議だった。
 かと思えば黒板に凝視している時の彼女の後ろ姿からは活発な性格を垣間見ることができる気がしているせいか、ひょっとして彼女は元々快活な性格の持ち主ではなかったかなどという妄想にも近い思いが頭を掠めている。
 そういえば小学校の頃の彼女はそれほど成績はよくなかったが、クラスではなぜか目立つタイプの女性だったことを思い出していた。
 私はというと、いつもそんな彼女を後ろから見ていた気がする。
――頼もしい――
 という思いが強かったのかも知れない。
 小学校の頃、あまり友達と遊んだりすることもなく、一人でいた私の目には彼女の後ろ姿だけが焼き付いていた。他の人を見ていなかったわけではないが、見ていたというよりも目に入ってくるだけで、気にするまでには至らなかったのだろう。
 一度中学の頃、麻衣がクラスの男友達と歩いているところを目撃したことがある。一瞬目を疑った気がしたが、西日に当たって伸びている長い影が気持ち悪く見えた。もちろん、そこには嫉妬のようなものはなかったが、羨ましいという気もしなかった。だが、漠然と見つめている中で私の心に何らかの変化があったことだけは分かっていたのだ。
――イライラしたのかな?
 後から考えてもその時の心境を思い出すことができない。しかし、急にまわりが黄色掛かって見え始め、言い知れぬ不安感とともに胸焼けのような気持ち悪さを感じていた。私が自分に躁鬱の気があるのに初めて気付いた瞬間でもあった。
 彼女を見ているのが辛かった。自分を見詰めるまわりの目が恐かった。なるべくまわりの人と視線を合わさないようにと努力をしたものだ。
 別に彼女が悪いわけではない。私が勝手に鬱状態に入ってしまったのが悪いのだ。しかしそれを認めたくない自分がいるのも確かで、自分でも抑えることのできないところまで気持ちがきていた。その状態を救ってくれたのは同じクラスの聡であった。彼は以前からあまり人と話す方ではないが、なぜか存在感があり、クラスの中で必ずいる騒ぎたい連中からも一目置かれていた。
「やつはああ見えても面倒見がいいからな」
 そんな話を聞いたことがある。
「兄貴分」的な要素を備えたやつとして私の目には写っていた。あまり話をしたことがないのは、お互いに避けていたからではないかと思ったのは、彼が私に話し掛けてきた時だった。
――何をどう話していいか分からない――
 声が心なしか震えて聞こえる。彼も私に話し掛けるのに、ある種の度胸がいったのかも知れない。
「最近、どうも自己満足というのが気になりだしてな」
「ん? どういうことだい?」
 いつもクールで、パッと見には「一匹狼」のように見える聡からそんな言葉が出てくるなど、最初は信じられなかった。しかし「一匹狼」であるが故の苦しみは、それこそ本人にしか分からないものである。
作品名:短編集19(過去作品) 作家名:森本晃次