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リードオフ・ガール3

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 春の市予選を制して県大会に駒を進めたサンダース。
 新学期が始まり、5年生は6年生に、4年生は5年生に進級した、そして、大会での実績が物を言ったのだろう、今年は例年の倍ほども入団希望者が押し寄せた。
 その中にひときわ目を惹く新4年生がいた。
 ロビンソン譲治、名前からも察することができるとおりハーフの子だ。
母親は日本人だが、父親はアフリカ系アメリカ人でプロのバスケットボール・プレーヤー。まだまだ人気が低く選手の年棒も決して高くはない日本のプロ・バスケットボールリー
グだが、助っ人として呼び寄せられたと言う事はカレッジではかなり活躍した選手なのだろう。
 譲治は4年生にして身長160センチを少し超える、そして浅黒い肌と抜群の身体能力を持っていて、特に身体のバネには目を見張らされる。
 野球を始めたのはつい最近だと言う事でまだまだプレーはぎこちないが、潜在能力の高さは計り知れない、非常に楽しみな逸材だ。
 
 そして、新6年生にも一人、入団希望者がいた。
 由紀のクラスメートになった転校生で名前は浅野淑子、由紀が県大会で活躍した事を知っていて話しかけてきたのだと言う。
 由紀に言わせれば『びっくりする位野球に詳しくて、誰も気付かなかったようなことにも当たり前のように気がつく』そうだ。
 ただし、選手として期待できそうかといえば、正直な所とてもそうは言えない。
 新6年生としては特別に小柄で細い、身長は135センチあるかないか、体重に至ってはおそらく20キロ台だろう。
 身長を言えば由紀も似たようなものだが、全身のバネが違う。
 由紀も非力と言えば非力だが素早く自在に身体を動かせる筋力は充分に備わっているので、小柄なことも逆にメリットになることすらあるように感じられる。 だが、正直な所、淑子の場合はとてもそうは見えない、彼女の貧弱な筋力はひときわ小さい身体でさえ持て余してしまうようだ。
 とりあえず練習に参加させてみたが、キャッチボールを見ただけでその能力の限界がわかってしまう。
 投げれば20メートル先の相手に届かないし、受ければおでこにボールを受けてしまう、そしてそのボールを拾いに行く様を見れば脚の方も期待できないのは明らかで、非力なだけでなく運動神経にも問題がありそうだ。
 道弘は基本的に6年生はレギュラーに据えることにしている、しかし、全国大会を目標にしている今のサンダースのベンチ入りメンバーに淑子を加えると言う事は考えられない、ましてレギュラーになど……まぁ、今の6年生は4年生の時に入ってきて二年間頑張っている、レギュラーの座をつかんだのはその結果でもあるのだから、転校生の淑子をレギュラーにしてやらなくてはならない理由はないだろう。
 ベンチにも入れてやれないとなるとちょっと可哀想な気がするが、ベンチ入りは15人と決まっている以上淑子がそこに割り込めるとも思えない。
 まだ正式に入団したわけではないし、『試しに』練習に参加しているだけ、後でガッカリさせないために、おそらくはベンチにも入れてやれないだろうと言う事は早めに伝えておいた方が良い……そう考えて、光弘は淑子に声を掛けた。
「前の学校でも野球やってたの?」
「はい、こういうクラブチームに入ってました」
「ポジションは? どこをやっていたの?」
「サードコーチャーです」
「は?」
「サードコーチャー専門だったんです、私はチビでガリで、その上ドンくさいでしょう? とてもみんなの間に混じってプレーできるほどの運動能力はありません、でも野球は大好きだから、自分でも出来ることは何かないかなって考えて、サードコーチャーを専門にやることにしたんです」
「なるほど……」
 由紀が言っていたことを思い出す、びっくりする位野球に詳しいと……由紀だって詳しくないわけではない、淑子ほどではないにせよ小柄で非力なのは由紀も同じ、頭を使い、脚を生かす事で活躍しているのだ、その由紀をして『びっくりする位』と言わしめるには、何かを持っているということなのだろう。
「じゃあさ、今日は俺にくっついて廻って、何か気がついたことがあったら言ってみて」
「はい!」
 悪く言えば、『もう投げたり打ったりはしなくても良い、そっちは失格だから』と言ったようなもの、しかし、淑子は大きな丸い眼鏡の奥の瞳を輝かせて明るく返事をした。

 光弘がブルペンで足を止めると、淑子は雅美の投球練習をじっと見つめ、キャッチャーの後ろに立ったりバッターボックスに入ったりする。
「何か気付いた?」
 光弘がそう問いかけると、淑子は思案顔で答えた。
「ストレートの時とナックルの時で、テイクバックの大きさが少し違いますね」
「ああ、そのことなら俺も気付いていたけど、バッターから握りは見えないだろう? 変にいじってフォームを崩すよりそのままで良いと思ったんだが」
「右バッターボックスからは見えませんけど、左からだと見えるんです」
「えっ?」
 光弘も左バッターボックスに入ってみる、すると、確かに淑子の言うとおりだった。
 自身が右打ちなので、迂闊にも右バッターボックスからしか確認していなかったのだ。
 雅美は元々右肩にボールを担ぐようなテイクバックなので、右バッターボックスからはその違いはわからない、だが左バッターボックスからだとストレートの時だけボールが頭の後ろから少しはみ出して見えるのだ。
「本当だ……これは完全に球種を読まれるな」
「でも、無理にフォームを変える必要はないと思います」
「それはどうして?」
「こうすればいいんです」
 淑子はニッコリ笑うと、雅美のところへ行ってなにやら話し始めた、テイクバックを実演している所を見ると、今の話をしているのだろう……と、急に雅美を跪かせ、自分はその後ろに回って雅美の髪を解き始めたのだ。
(は? 何をしてるんだ?)
 光弘にはその行動の意味がわからなかったが……髪が結い上がった時、その意味を理解し、思わず唸った。
 淑子は雅美のツインテールを解いてポニーテールにまとめ直した、それだけだ。
 だが、その意味は大きい、ポニーテールなら左バッターからも髪が邪魔になってボールが見えなくなる事は明白だ。
 ピッチャーのフォームをいじるというのは簡単なことではない、しかし、淑子はフォームをいじることなく、髪型を変えると言う簡単な修正で雅美のフォームの欠陥を覆い隠してしまった。
(これは……ひょっとするとすごい戦力なのかも知れない)
 おそらく「似合ってます?」「うん、こっちの方がちょっと大人っぽく見えるよ」とか何とか話しているのだろう、雅美と談笑する淑子を眺めながら、光弘は唸った。

 そして淑子は良輝のヘッドアップの癖も簡単に直してしまった。
 良輝は力むと顔が上を向いてしまい、ボールが高めに浮くと言う欠点を抱えている、それは勿論光弘も気付いていてしばしば指摘するのだが、なかなか治らない悪い癖だ。
「リリースする瞬間、帽子のT’sマークからレーザー光線が出ると思って」
作品名:リードオフ・ガール3 作家名:ST