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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hellhounds

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[2]


 
 午前四時。武内は眠気に負けて頭が垂れるのを持ち直しながら、蜂須の様子を眺めていた。蜂須は、一向に折れる気配のない前園の眉毛を焼いたり、思い出したように吉松を蹴飛ばしたり、思うままに過ごしていた。武内に晩飯を買いに行かせた以外は、ずっと二人を痛めつけることに集中していた。
「俺が先にへばると思ってんだろお前ら。それはねえぞ」
 武内は、蜂須のドスの効いた声を聞きながら、アズサから来たメールを読み返していた。タンス預金。現金があるなら、それに越したことはない。この状況から抜け出せれば、すぐにでもそちらを手伝いたいぐらいだった。
 武内が携帯電話をポケットにしまったとき、事務所の出入り口にむき出しの配線で取り付けられた小さなランプが、青白く灯った。吉松が体を強張らせた。
「おい蜂須。よく聞け」
「さっきからずーっと耳の穴全開で聞いてるよ! 今さらなんだ?」
「誰か来た」
 吉松は前園のほうを向いた。
「お前、何も言うなよ。ひと言もしゃべるな」
 武内は外を見ながら、言った。
「蜂須さん、せめてほどいた方が……」
「うるせえ! ビビってんなら、こいつ持って隠れてろや」
 蜂須は武内にゴルフクラブを蹴って寄越し、鼻血の痕をふき取ると、事務所の外に飛び出すように出て行った。ちょっと居座っただけで、どこの誰がやってくるのか。この目で見てやりたいという気持ちの方が勝っていた。さっきから小雨が降り出していて、それが余計に蜂須を苛立たせた。埃だらけのランドクルーザーがゆっくりと入ってきて、蜂須は片手を上げた。ランドクルーザーは水溜りを器用に避けて停車すると、ヘッドライトを消した。運転席から降りてきた男に、蜂須は言った。
「何時だと思ってんの。閉店だよ閉店」
 アウトランダーの後ろに隠れている武内は、蜂須よりはるかに背が高い男の様子をじっと見ていた。よれよれのウィンドブレーカーを着ているが、肩幅も広く、何よりも殺気立っていた。蜂須は気づかないのだろうか。声に出して警告したいのを堪えながら、武内は待った。
 蜂須は痺れを切らしたように言った。
「四時だぜ。朝に出直してきな」
 赤城は、ポケットに突っ込んでいた両手を抜いて、言った。
「二百キロ、一気に走ってきたんですがね」
 蜂須は大声で笑った。
「それがなんだ? 何百キロ走ろうが……」
 言い終わる前に、赤城の右手が持ち上がり、その先に握られたダガーナイフが蜂須の頬を貫通した。蜂須は頬を貫かれたまま抵抗しようともがいたが、はるかにリーチの長い赤城の体に手が届くことはなかった。赤城は無言のまま、蜂須の腹を膝で蹴り上げた。地面に横倒しになった蜂須の顔からナイフを抜いて、そのまま事務所に入った。吉松の顔を見て、同じように縛られている前園の顔を見た後、顔をしかめた。
「あんたは?」
 前園が黙ったままでいると、赤城はウィンドブレーカーの裾で血をぬぐい、答えを待った。吉松が沈黙に耐え切れずに、言った。
「こいつは俺の同僚だ」
 赤城は昔から、複雑な仕事を嫌った。今回は、吉松以外は全員が『対象』だと、ただそれだけを聞いて、二百キロを走ってきた。
「そうですか。予定には入ってませんが」
 赤城はダガーナイフをもてあそびながら言った。
「逃がし屋ってのは、さっきの小さい男ですか?」
「あともう一人いる。そいつも小柄だ」
 吉松が言うと、赤城は表情を消した。振り返ろうとするよりも早く、武内が頭にゴルフクラブを振り下ろした。二発目が首の付け根に命中し、赤城は片方の膝をついた。振り返りながらダガーナイフを突き出したが、勢い余って机の角に刺さった。武内は無言でもう一度赤城の頭にゴルフクラブを振り下ろした。横倒しに倒れた赤城をまたいで、震える手で前園の両手を縛るロープをほどいた。
「マジで、すんません。正直、やりすぎだと思ってました」
 武内はインプレッサの鍵をポケットから取り出し、夢遊病患者のように事務所に外へふらふらと歩いていった。前園は痛む膝をかばいながら事務所から出て、武内に話しかけた。
「あんた、車は?」
「あります」
「頼む、こっから出してくれ」
 前園は肩で息をしながら、武内が乗り込んだインプレッサの助手席になだれ込む様に乗り、大きく深呼吸をした。武内がエンジンをかけ、サイドブレーキを下ろしたところで後部座席のドアが勢いよく開いた。顔が血まみれになった蜂須が飛び込んで、叫んだ。
「早く出せ!」
 その言葉に背中を蹴飛ばされたように、武内は一速に入れてアクセルを全開にした。正面の出入り口にミラーを引っ掛けて飛ばしたとき、リアウィンドーが粉々になり、フロントウィンドウが破裂したように真っ白に変わった。後ろから撃たれたということに気づいた武内は頭を伏せて急ブレーキをかけたが、かろうじてステアリングを左に切り、アクセルを再び踏み込んだ。ガラスの破片で顔を切った前園は言った。
「前、見えてんのか?」
「見えるかよ!」
 武内は、ヒビであちこち光を跳ね返すフロントウィンドウ越しに道路を見ながら、ギアを二速に入れた。前園は自分の顔から血をぬぐい取りながら言った。
「もうたくさんだ、おれは降りる! これが引退試合だったはずなんだ」
 蜂須が後ろから前園の座る助手席を思い切り蹴飛ばした。
「自分の都合ばっかうるせえぞ! タケちゃんマン、家だ家。家行け!」
 武内はバックミラーを見た。ランドクルーザーは追ってきていない。交差点のど真ん中にたどり着いたところでインプレッサを急停車し、ナビの地点登録を呼び出していると、蜂須が叫んだ。
「てめえ、何をじっくり道調べてんだ!?」
「うっせえハゲ!」
 武内は思わず叫んだ。車内に沈黙が流れ、息切れしているようなボクサーエンジンのアイドリング音だけになった。方向音痴は生まれつきだった。そう簡単には治らない。震える手でナビの記録から駒井の家を呼び出していると、前園の携帯電話が鳴った。その番号を見た前園は、取るなり言った。
「もう仕事は終わったはずだぞ!」
 宮間は夜遅くにすみませんと断りを入れたが、そんな和やかな会話をする余裕は、前園には到底なかった。
「あんた、おれは今大変なことになってんだ!」
 しばらく沈黙が流れた後、宮間は言った。
「どの席に座ってますか?」
 蜂須が運転席を揺すりながら、哀願するように叫んだ。
「タケちゃんマン、早くしろ!」
 武内は思わず左を見た。裏道から降りてきたランドクルーザーが猛スピードで国道に飛び出して、ヘッドライトを消したままこちらに向かって急加速を始めたことに気づいた。前園は言った。
「助手席だ!」
 ランドクルーザーのヘッドライトがハイビームで灯り、後部座席を薙ぐようにインプレッサを横殴りに吹き飛ばした。三六〇度回転して交差点の端まで飛ばされたインプレッサは、ガードレールに接触して止まった。ランドクルーザーが猛スピードで後退して目の前に再び現れ、降り始めた雨でオーバーランしながら停車した。


 車の中で眠りこけていた画伯が、ふと起きて言った。
「雨が……」
 黒島は同じように仮眠を取っていたが、同じように目を覚ませて、言った。
「ほんとだな。これは大雨になるな」
作品名:Hellhounds 作家名:オオサカタロウ