短編集17(過去作品)
別に気にしていたわけではないが、誰かの存在をいつも気にしていたような気がする。それは仕事中であっても、仕事のための移動中であってもしかりであり、心の中に穴が開いているわけでもないのに、絶えず誰かが入ってこようとしている感覚だけは感じていたのだ。
――どうしてそれがシゲさんなのか?
それは自分でも分からない。誰かの存在を気にしていたことさえ今まで気付かなかったのである。気付き始めると後は早いもので、シゲさんだと気付くまで、それほどの時間は掛からなかった。
シゲさんとは通りいっぺんの話しかしたことがない。しかも喫茶店での時間だけで、確かに長い時間、話をしているには違いないが、話の内容が白熱していることが多いために実際よりかなり短く感じる。そのため凝縮しているので、一緒にいる時間は私の中では短かった。
――まるで影のような存在――
そう感じたのは、きっと話の内容よりも実際に一緒にいる時間が極端に短いからではないだろうか。
――そういえば、幻といえば――
ふと思い出した小学生時代の友達、いつもかくれんぼをしていて見つけることのできなかったあの友達、彼のことにしても「幻」という言葉がよく似合う。彼はかくれんぼを始める時には自然にその場所にいて、何の違和感もないのである。しかしどうしても見つけることができないとさっきまで一緒にいたその友達の顔すら思い出すことができない。
――なぜなんだろう?
私は最近、自分の近くの影の存在に気付き始めてから、そのかくれんぼの友達のことをよく思い出すようになった。顔が次第に思い出されてくるような気さえしてきて、すぐそこまで記憶の糸が手繰り寄せることができるような気がするのだ。
影に対して、自分の存在を考え、シゲさんを思い、さらには、小学生の頃のトラウマになって封印していたであろう友達の顔さえ思い出すようになっていた。たった一つのことが、私の中でここまで大きくなろうとは思いもしなかった。
そういえば、かくれんぼしていた頃に、誰かに見られていたような感じがするのを思い出した。
――何を今さら――
と感じたが、まるで昨日のことのように鮮明で、そんな思いを今まで定期的にしてきたような気さえしてきた。
影を意識し始めてからなのか、それ以前からなのか分からないが、「誰かに見られる」という感覚は衰えるどころか、次第に膨れ上がっているような気がする。
誰に見られていたのだろう? 大人の人だったような気がする。子供心に見ていただけなので、いくつくらいの人かハッキリとは覚えていないが、当時の私から見れば、皆大人に見えることは間違いない。しかしゆっくりと思い出すと、たぶん今の私と同じ歳くらいの人だったような気がして仕方がない。
――やたら熱心に見られていた気がする――
それを今さら思い出すというのも、まるで何かの虫の知らせのようで気持ち悪かった。大人になるにしたがって、大人というものが、昔自分が考えていたような大人ではないような気がしてくる。何を言ってもそこには説得力があり、こちらに逆らう隙すらないような感じを受けていたからだ。しかし、今感じているのは、実績に伴った言葉でなければ説得力などないということが分かってから、なかなか説得力のある言葉にめぐり合わないということだった。
私の場合、まず自分から納得のしないことは、否定していく方だった。極論かも知れないが、いくらまわりが「いいことだ」と言っても、自分が実際にいいことだと味あえなかったりしたことは、私にとっての「いいこと」ではないのだ。それゆえ、説得力のない言葉と化してしまうのだった。
しかし、誰かに見つめられていたということに関しては、どんな言葉の説得力よりも大きいものを感じていた。他の人には分からなくとも、実際に自分だけであっても感じていることには変わりないからだ。まわりを必死でキョロキョロしていたことを思えば、怯えていたのかも知れない。だが、気持ちの中で、「怖いものではない」と思っていたはずなのにどこから来る怯えなのか、不思議と震えが止まらなかったのを覚えている。本当に怖がっていたのかすら、疑問に残るくらいだ。
いつも曲がる角がある、そこを曲がると自分の家まではあと少し、いつもであれば、歩幅も軽やかに、まるでスキップするかのように歩くのだが、今日に限って言えば、なぜか重たかった。
――足が重たい?
いや空気の重さを感じるのだ。
普通に歩いているつもりでも、まるで水の中を歩いているような違和感を感じ、少しの距離でも疲れ方が半端ではない。見えている角がとてつもなく遠く感じ、本当に到達できるのかさえ疑問なくらいだ。
かくれんぼしていた時のことが頭をよぎる。それはオニではなく、隠れている自分だ。隠れている自分が「見つけてほしい」と心のそこから叫んでいて、誰も見つけてくれずに一人途方に暮れる感覚を、今なぜか味わっている気がした。
――あの時見つけることのできなかったのって、俺だったんだろうか?
まさかそんなはずがないのだろうが、その時の友達の魂が訴えているような気がしてならない。
隠れていたその時に後ろから覗いている人の顔を今ならハッキリと思い出すことができる。
――どこかで見たことあるんだけどな――
ここまでは感じるのだが、誰だったか思い出せそうで思い出せない。とても気持ち悪い感覚である。
やっと角までやってきた。そこまで来ると今までの重い足が嘘のように軽く感じる。違和感なく曲がってすぐに目の前に飛び込んできたのは、白と黒の幕であった。
――分かっていたような気がする……
別に驚く感覚ではない。なぜか分かっていたような気がするのは後から思うからであろうか? いや、やはり最初から予感があった気がする。
思わず中に入ってしまう。喪服も着ていないのに誰もこちらを不審に思って見る人もいない。
――彼らには私が見えていないのだろう――
私はただ見たいものがあったのだ。急いで中に入り祭壇の前の写真を覗き込む。
「あっ」
思わず声が出た。その顔はシゲさんであった。そしてかくれんぼしていた時、隠れている私を見つめていたその顔でもあった。
そう、私が友達を見つけることができなかったのは、私とその友達がこの世で一緒に存在できない仲だったからなのかも知れない。その暗示が「シゲさん」だったのだ。
――シゲさんは将来の自分?
私を見つめていた人を感じたのは、きっと自分を見つめていることを知っていたからなのかも知れない。
今シゲさんはこの世の人ではなくなった。それを自分が見にきている。自分の寿命を知った瞬間?
いや、誰にも私は見えないのだ。きっと今の私もこの世の人間ではないのかも知れない……。
( 完 )
作品名:短編集17(過去作品) 作家名:森本晃次