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短編集16(過去作品)

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絵の中の自分



               絵の中の自分

 いつから私は人と話すのが恐くなったのだろう?
 話をしていても上の空、聞いているようで聞いていない。
「お前、まじめに聞いているのか?」
 上司からそう罵られても、
「はぁ、聞いてます」
 と、とりあえず答えるだけ……。
 友達と話している時でもそうだ。楽しい話をしている時はさすがに我を忘れ、話に集中しているのだが、それでも数人で話している時、ふっと一人会話から離れていることがある。
 私の名前は、矢島正。最近、人と話すことが怖くなっている。
 人と話すのが恐いことと関係ないのかも知れないが、時々話の内容から離れ、違うことを考えている自分がいる。
――悦に入っている――
 と思うこともあるが、そんな問題でもない。元々想像が一人歩きする私は、自分の世界に入るとまわりが見えなくなるようだ。
「君は二重人格だね」
 そう言われて言い返せない自分に気付く。そんな私の顔を見ながら皆、
「そうだろう」
 という表情をしながら一様に頷いているのだ。ズバリ見透かされているのに、悔しい気持ちにもならず、ただ皆のそんな表情がとてつもなく恐い時がある。
――きっと私だけではないはずだ――
 心の中でそう感じながら、無意識に仲間を探している。そんな自分に気付いたのは、高校生の頃だったように記憶している。
 高校時代というと、恋に勉強に友達にと多感な時だ。今考えていることの原点がそこにあると言ってもいい。
 そういえば、高校時代というと人と話すことに何の抵抗もなかった頃だ。それどころか友達と話をするのが楽しくて仕方のなかった時期でもある。結構真面目な話をするやつが多く、
「類は友を呼ぶ」
 とまわりから冷やかされたものだ。
 優等生クラスの友達が確かに多かった。話もまじめなものが多く、勉学の話に終始していて、女の子の話題など、あまり出てくることはなかった。
 しかし、それも集団でいる時だけは、であった。
 同じ仲間の友達でも、気心が本当に知れた友達ならば、恋に悩んだ時など、相談したりもしていただろう。かくゆう私もよく相談された方で、そのためか、却って自分の方から相談する機会を失うことになっていた。実に辛いことである。
 あれは高校の文化祭があった頃だったので、秋も深まった頃である。
 友人数人と有志を募ってバザーをするということになった。
 いろいろなものを集めてきて展示するのであるが、模擬店を作るのも、すべて自分たちでするということで、日が暮れてからも作業があったのだ。
 当然、それまで経験したことのない夜の作業、最初の頃はやる気満々だったこともあって誰も気になっていなかったが、
「夜の学校って、こんなにも不気味なものなのかしらね」
 一人の女の子がそう呟いた。
 それまで賑やかな音楽を掛け、お菓子をつまみながら笑顔で会話していたイメージが、その言葉を聞いた時、一変してしまった。
 私の耳から音楽が消え、喧騒とした雰囲気は耳鳴りの中にフェードアウトしていく。
 一瞬、自分がどこにいるのか分からなくなり、小さい頃に感じたイメージが浮かんできたのだが、それも一瞬で消えてしまった。
「どうしたの?」
「え? 何が?」
「だって、ボッとしちゃって、矢島君らしくないわよ」
 そう言って心配そうに覗きこんでいるのは、クラスメートの吉岡りえであった。
 身長は百六十センチをゆうに超えているだろう。スリムな体型が、背の高さを目だ立たせ、かといって「でかい」というイメージを与えることはない。
 少し色白なところもあり、スポーツをしているわけではない彼女に大人の色香を感じるのは私だけではないだろう。
――これって恋?
 そう感じても、
――いやいや、そんなことはないだろう――
 と、すぐに打ち消す自分がいる。
 タイプではあるのだが、それだけに
――手の届かない相手――
 としての彼女がいる。そう感じるからこそ、また彼女が気になるのだ。
 変な巡り合わせだと思っている。
 りえを女性として意識し始めたのは、私が女性を意識し始めるより前だったかも知れない。自分でも無意識のうちに女性としてみていたような気がするのだ。
 初恋とは気が付かずに終わることもあるという。もし私にそれがあったとすれば、相手はりえだったに違いない。
 りえとは小学校の頃からの幼なじみ、私がいじめられっ子だったこともあってか、私の味方はりえだけだったような気がする。
 小学生の割に一端にプライドのようなものを持っていた私は、その自己主張からか、よくいじめられることが多かった。その理由は分からなかったが、きっと言動に一言多かったことが原因ではないかと思える。普段、分け隔てなく遊んでいる友達が急にいじめっ子に変わるのだ。いじめる側だけが一方的に悪いとは限らないだろう。
 もっともそのことに気付いたのは、かなり経ってからであった。
 りえもそのことを分かっているのか、当時のことに触れようとはしない。むしろ、今の私に自分の悩みを相談してくれるような存在になり、いじめられっ子の私をかばってくれていた頃と、完全に立場が逆転した。
 そういう意味でも、りえは「恋」の対象ではないのかも知れない。
 悩み事を相談する相手が恋人であっていけないというわけではないが、明らかに友達として、いや、兄のような存在として相談してくれている気がして仕方がない。
 そんな彼女をいとおしく思ってみても、それは所詮、恋愛感情から来るものではないことが承知の上であるがゆえに、辛いものを感じてしまう。
 しかし、りえとの距離を感じ始めたのは中学入学の頃からであろうか。
 精神的なものではなく、肉体的なものである。
 りえの身体は、間違いなく長女から大人の女性へと変わりつつあった。それに伴っての女性ホルモンの分泌のせいか、それまでの少し活発に思える仕草が薄れていく。
 時々、男っぽい面が出る時もあるが、それもすぐに恥じらいの表情に変わっている。それが恥じらいの表情だということは中学時代の私には分からず、何となく気になっていたが、高校に入学し、ずっと今まで見続けてきたりえの変化に、自分が追いついてきたような気がした。
――やっぱり成長は女性の方が早いんだな――
 漠然と考えていたが、だからといって、それが恋心に結びつかないのが不思議なところだった。
 中学を卒業し、高校に入学すると、りえの眩しさに翻弄されている自分に気付き始めた。他に彼女が欲しいという願望を持ちながら、恋愛対象からりえを外したことへの後悔のようなものが頭を擡げる。
 同じ高校に進んだのだが、一年生の時はクラスが別、授業中などでも、
――今どうしているのだろう?
 と上の空の自分がいるのだ。
 だが、恋人として自分の前に新たな女性が現れることへの期待が興奮に変わっていくのを感じていた。そんなときめきをりえに感じることはなかった。
――これが思春期なんだろうか?
 意外と冷静に見ている自分に驚くこともある。
 そんなりえと一年間別々のクラスにいたことで、自分の中で少し気持ちに整理がついたような気がした。
――りえはただの幼馴染なんだ――
 そう思うことが、お互いに一番いいのだろう。
作品名:短編集16(過去作品) 作家名:森本晃次