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永遠を繋ぐ

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 ママは、元々そんな会話ができる相手を探し求めていた。自分と同じことを考えていそうな人は今までにも何人か知り合ったことがあったが、誰もが、
「一言多い」
 のである。
 余計なことを口にさえしなければ、ママも相手に見切りをつけることはなかったと感じる相手が、結構いたことをいまさらながらに思い出すのだった。
 藤崎の方も、ママが余計なことを言わないことで安心していた。
 ただ、ママは最近になって、
「藤崎さんの中に、この私が立ち入ることができない場所があることに気が付いた」
 と感じていた。
 もちろん、余計なことを言わないのが、二人の間の暗黙の了解だったので、決して聞いてはいけないと思っている。しかし、それでも気になることは事実だったが、それを差し引いても、藤崎と自分との間では、他の人にはなかった、
「安心感をお互いに与えられる相手だ」
 という意識は揺らぐことはなかった。
 ママがスナックを始めるまでは、結構順風満帆だった。
 元々、都会の有名クラブでナンバーワンホステスを何年も張っていた。そんなママが急に店を辞めると言い出して、店のスタッフが大いに慌てていたのも事実だった。
 そんな様子をママは冷静に見ていた。まるで他人事のような視線を向けたものだ。
 しかし、円満に店を辞めることができたママが、スナックを始めるというのは、まわりからすれば意外だった。確かにクラブを辞めて自分の店を持ちたいと思う人がたくさんいるのも事実だ。
 しかし、ママがクラブでナンバーワンを張っていた時には誰も想像もつなかなった。要するにママの姿を見て、
「クラブのナンバーワン以外の彼女を想像することができない」
 というのが、皆の共通した気持ちだったのだ。
 しかし、店を辞めて、それほど間を置かずにスナックを開店することができた。
 ママのことだから、クラブで仕事をしながら、スナックを経営する下地を、着々と進めていたのかも知れない。
 しかし、もし店を辞めることができなければどうするつもりだったのかと思うと、先行して進めていくのはリスクが大きすぎる。
 よほどママは計算上手で、性格的にも、
「石橋を叩いて渡る」
 ような人だったに違いない。
「いや、あの人なら、石橋を叩いたって、きっと渡らないわよ」
 と思うほど、店にいる頃は計算高さだけが目立っていた。
「決して無理なことはしないし、考えることもない」
 それがママへのまわりからの印象だった。
 そんなママがスナックを経営するようになると、それまで、
「日の当たる場所は、彼女のためにある」
 とまで言われていたにも関わらず、自分で店を持つようになると、まったく表に出てくることはなくなった。まるで裏方に徹しているようで、
「華麗なる転身」
 と言えるのではないだろうか。
 そんなママを店の常連でも、
「なかなかママに会えることって珍しいんだ」
 と言われるほど、店に出ることはなかった。
 今はまだ四十歳になってすぐくらいだろうか、実際に店をオープンさせたのが、三十前半くらいだったであろう。
「三十代前半だったら、そりゃ、クラブの方も面食らうかも知れないな」
 珍しくママが藤崎に自分のことを話した時に聞いた藤崎の言葉だった。
「確かにそうかも知れないけど、私にはその時が一番いいタイミングだと思ったの。自分が考えているタイミングを少しでもずらしてしまうと、私は自分で店を持とうという気持ちを失っていたかも知れないわ」
 と、ママがいうと、藤崎は苦笑いを浮かべながら、
「なるほど、ママらしい」
「ありがとう……、と言っておくわ」
 数少ない「大人の会話」の一つだった。
 藤崎は、本当に余計なことを話そうとしなかった。
 ただ、そんな態度はママとの間だけのことであり、スナックの女の子の前では、いつも謎かけをして楽しんでいる。
「悪趣味ね」
 と、ママは笑いながら言ったが、そこに苦笑いは存在しない。悪趣味という言葉にも棘があるわけではなく、ママとしては、
「相槌を打っている」
 という程度のものだと思っていたのだ。
 ママも、藤崎との間では大人の会話だが、表に出ていた頃の品行方正な性格が他の人には定着していた。
「余計なことは口にはしないけど、だからと言って、気難しいという雰囲気ではないわ。自分をわきまえているという言葉が、一番しっくりくる人だと思うわね」
 ママのことを聞かれたスナック「コスモス」の女の子は一様にそう答えていた。だが、店の女の子には自分が以前、クラブでナンバーワンを張っていたなど話していないので、女の子は皆、ママの本音がどこにあるのか探ろうとしても、分かるわけはないのだ。
「ママは、表に自分を出すことができない性格なのだと思うわ」
 と、店の女の子は皆そう思っていて、店に来る客も同じであった。それが誤解であることを知っている唯一の人間は、藤崎だけだったのだ。
 藤崎がスナック「コスモス」に立ち寄るようになり、常連にまでなったのは、ママがいたからに他ならない。藤崎は自分の馴染みになりそうな店を探してはいたが、なかなか自分の望みに合うような店は見つからなかった。店の女の子がママのことを気難しそうに言っているが、本当は藤崎の方がママよりも気難しい人間だった。そんなことを店の女の子が知るはずもなく、気さくな藤崎に心を開いてくれる女の子は多かった。
 スナック「コスモス」には、結構常連が多かった。裏通りにひっそりの佇んでいるコスモスを、まるで隠れ家のように感じ、常連になる人は結構多いようだった。近所の人はもちろんのこと、少々距離のある人もやってくることが多いようだ。
 そんな中に日向義久という男性がいた。まだ三十代の前半くらいであろうか、気さくというには程遠い感じの雰囲気で、むしろこの店の常連に多いタイプの一人だと言っても過言ではないだろう。
 彼の仕事は営業だというが、
「あれで、営業が務まるのかしらね」
 と、店の女の子は首をかしげていた。もちろん、面と向かってそんなことを言えるはずもなく、裏で話題になっているくらいだったが、客の中でも気さくな藤崎には裏方の話を漏らす女の子もいて、藤崎だけは、日向が店の女の子からどう思われているかということを知っていたのである。
 ただ、あまり他人の噂を聞くのも口にするのも好きではない藤崎は、女の子が話してくれるのを右から左に聞き流していたが、言われなくても藤崎にもそれくらいのことは分かっているつもりだった。
 スナック「コスモス」の客は、一様に暗い人が多い。それなのに常連になったというのは、藤崎にとっては不思議な感じだった。女の子の雰囲気は悪くはないが、店の雰囲気を考えれば、今までの自分なら、決して常連になるなど考えられなかった気がする。
――やはり、ママさんに魅力を感じているからなのかな?
 男女の関係になったのだから、別にしょっちゅう店に顔を出すこともないのだろうが、どうしても立ち寄ってしまう。最初はそれがなぜなのか分からなかったが、日向への意識がそうさせるのだということに気が付いたのは、最近のことだったのだ。
作品名:永遠を繋ぐ 作家名:森本晃次