小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

リードオフ・ガール 2

INDEX|2ページ/6ページ|

次のページ前のページ
 

 光弘は基本的に変化球を投げさせない、小・中学生のうちはまだ骨格が出来上がっていない、変化球を多投すれば肩、肘を痛める可能性があるからだ、そしてピッチャーの最大の決め球はストレートだと考えているからでもある、ボールの伸び、コントロール、緩急、そういったものを身につけるにはこの時期に変化球に頼るべきではないとも考えている。
  
 光弘が近づいてくるのに気付いたのか、雅美は急に真顔になってストレートを投げ始める。
(ほう、いつの間に……)
 子供の成長速度は予想を大きく上回ることがある、少年野球を指導する醍醐味の一つだが、雅美のボールは随分と良くなっていた。
 球速は90キロ近くなっているだろうか、もう遅い部類のピッチャーではない。
 由紀と同じようにボールを担いでから押し出すようなフォームなのだが、身体の大きさと地肩の強さが違う。
 だが、気になったのは……。
「さっき、何か変化球投げてただろう?」
「え……あ……すみません、ちょっと遊びで」
「ナックルか?」
「え……まあ……はい」
 雅美は怒られるのではないかと小さくなっていたが、光弘は遊び心は否定しない、楽しく練習した方が身につくものも多いものだ、まして小学生を教えているのだ、スパルタ式はそぐわないと考えている、悪いのは気の緩みだ、練習したことが身につかないばかりでなく思わぬ怪我を招くこともあるからだ。
 遊び心は時に進化を生み出す、変わったフォームの選手を真似てみたら思わぬヒントを得たなどと言うこともあるものだ
「いや、怒らないよ、もういっぺん投げてみろ」
 そう言って、光弘はキャッチャーの後ろに立った。
 確かに無回転のボールを投げて来る、ナックルは親指と小指でボールを挟み、人差し指、中指、薬指の爪の腹でボールを押し出すように投げる、その投げ方からボールを担ぐようなフォームにならざるを得ないのだが、雅美は元々そういうフォーム、ストレートとの見分けはつきにくい、しかも球速もそう極端には落ちない。
 飛行機の翼は上面が丸く下面が平らに造られている、上面を流れる気流は速く、下面のそれは遅い、それが揚力を生み出す、ピッチャーが投げるボールも同じ理屈、ストレートの場合ボールに順回転がかかり、ボールの周りに気流を発生させる、その気流とボールが前に進むことによって生じる気流が、ボールの下部では打ち消しあい、上部では速い流れを作ることで気圧差を生み、ボールを上に持ち上げようとする力が生じる、その力が強ければ「伸びるストレート」になるのだ、カーブやスライダー、シュートと言った変化球も逆回転や横の回転をボールに与えることで気圧差を生んで変化する。
 しかし、ナックルは全く異なる変化球だ。
 ナックルはボールに回転を与えないように、それこそピッチャーの手元からホームベース上まで1回転以下に抑えるように投げる、するとボールが進むことで起こる気流がボールの縫い目に当たることで予期できない気流を生んで変化する、投げた本人でさえどう変化するのか予測できないのだ、バッターが予測できる筈もない。
 無回転ゆえにボールを押し上げる力は働かず、ボールは重力によって落ちる、ただし、それは山なりのボールが落ちるのとは異なる、山なりのボールでも順回転がかかっていれば多少なりとも重力に逆らおうとするのだが、ナックルボールは全く重力に従順、予想を超える幅で落ちるのだ。
 4年生バッテリーが「揺れる」と言っていたのはナックルボールの特長、野球のボールの縫い目は8の字型、僅かにボールが回転したことで反対側の縫い目に気流が当って逆回転させるというようなことも起き得る、そういう場合、右に曲がったかと思うと左に曲がる、そして曲がりながら落ちるという、バッターにとって厄介な軌跡を描くのだ、あくまで偶然任せだが。
 ただ、軟式ボールは硬式ボールと違って縫い目が型押しされているだけ、その高さは低く、ボール全体にディンプル加工が施されていることもあってナックルボールを投げるには不利なボールではある、しかし、左右どちらかに曲がりながら落ちて行く、と言う軌跡は計算できる。
(これは面白いな)
 光弘はしばし考え込んだ。
 変化球は投げさせないと言うポリシーには反する、しかし、雅美の場合、押し出すように投げるのはストレートも同じ。
 変化球が肩や肘に負担をかけるのは、多かれ少なかれ力を逃がす、いわゆる「抜く」からだが、しかし雅美のナックルは抜いていない、指先でボールを切る代わりに爪の腹で押し出しているだけ、肩・肘に余計な負荷はかからない、大リーグにはナックルを武器にしているピッチャーが何人かいるが、総じて選手生命が長く、40代後半まで現役を続けた選手もいるのがその証拠だ。
 そして、ストレートと同じフォームからナックルが来ると言うのはバッターにとっては悪夢だ。
 雅美のストレートは遅くはないが伸びはイマイチ、それ自体はそう打ち難くはないのだが、ナックルと見分けが付き難いとなると厄介な筈だ。
 「貰った」と思って振り始めると、ボールが途中で失速して思い描いたミートポイントまで到達してこないので身体が前に突っ込んでしまう、いわゆる『泳がされて』しまうのだ、その上曲がり落ちるのだから始末に悪い。
 だからと言ってナックルを待っている所にストレートが来れば振り遅れてしまう、失速して落ちる軌跡がイメージに有るから、実際以上に伸びるストレートと感じてしまうのだ。
 そして、良輝とは好対照なのも面白い。
 雅美のナックルに目が慣れた頃に良輝と相対したら、元々速いボールを余計に速く感じてしまうに違いない、振り遅れそうになって焦れば高めのボールにも釣られてしまうものだ。
 先発・雅美、リリーフ・良輝、この組み合わせはそれぞれの弱点を補い、長所を際立たせることになるはず……。
(これは中々理想的な投手リレーになるじゃないか)
 光弘は内心ゾクゾクするような興奮を覚えた。

作品名:リードオフ・ガール 2 作家名:ST