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短編集15(過去作品)

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 もうこの時間なので、かなり売り切れていて、ほとんど、ウインドウの中は、空になっていた。
――女房は何が好きなんだろう?
 そういえば女房の好みなど、改まって考えれば知らなかったことを思い出した。付き合っていた頃には気にしていた気がするのだが、どちらかというとそういうところには無頓着な性格だったような気がする。
――無理に自分に合わせてきてしまったのかな?
 そう考えると、女房に悪い事をしたように思え、さらに自分の罪だということを、今さらながらに考えさせられた。
――よし、今日はたっぷり喜んでもらおう――
 そう考えると、女の子に話しかけていた。
「女性に人気のケーキってどれですかね?」
 すると彼女は、少なくなったケーキを見渡して、
「これなど人気がありますね」
 生クリーム系はほとんど売り切れているので、チョコレートケーキを彼女は指差した。
「じゃあ、これを二つください」
「ありがとうございます」
 そういって、手際よく箱に入れ、包装してくれる。この瞬間こそ、まるでプレゼントを買うような優越感に浸れるのだ。
 小さな箱を手に持つと、気持ちも晴れやかに家路を急ぐことにした。
 ケーキ屋を出ると表に紫色の可愛らしい花が咲いているのに気がついた。プランターに植えられた庭木なのだが、なぜか夕日に映えて気になってしまった。
 西日がかなり傾いていて、電柱の影が、かなり長く横たわって見える。歩く人の影も揺れていて気持ち悪い。
 そんな中、ひときわ気になる影を発見したのはまったくの偶然だった。急いで歩くとさすがに暑さを感じ、背中から当たる西日にどうしても足早になってしまう。足早になると前傾姿勢になるのは当然のことで、必然的に下を向き加減になってしまうのだ。
――おや?
 私の足元を跨ぐようにしてついてくる影の長さがまったく変わらないのを感じた。ただの偶然かと思っていたが、私がスピードを緩めても影の長さは変わらない。まったく同じ距離を保っているのだ。しかも私の気まぐれなのに変わらないということは、気持ちを見透かされているような気がして、少し気持ち悪い。
 意識しなければいいんだと思ってみても、一旦気にし始めると簡単に抜けるものではなく、下げた頭を上げられないでいた。
――夜で影が見えないから知らなかっただけで、いつもつけられているのかも? ストーカー?
 一瞬考えたが、それもおかしなことだ。今日私が早く帰るのはまったくの偶然で、いつもなら呑んで帰っているはずなのだ。だが、こうも考えられる。
 想像を始めると留まるところを知らない。とりあえず、余計なことは考えないことにしよう。
 かなり歩いてきたこともあり、まわりは少し田舎の雰囲気に差し掛かっていた。まわりから聞こえてくるのはセミの鳴き声だけで、それもかなりうるさい。木漏れ日の森の中のような道を歩いていると、風も吹いてきて気持ちよく感じられるので、少し気分的には楽になっていた。マンションが近づいてくる頃には、もう影の存在もほとんど気にならなくなっていたのだ。
 マンションの部屋は一階である。エレベーターを利用することも階段を利用することもない。マンションといっても、エレベーターをつけなければならないギリギリの大きさともいえる五階建てである。
 世帯数にしても二十軒ほどで、それでもほとんど近所付き合いもしていないのが現状である。
 中途半端な都会といえるマンションのあたりは、近くをバイパスが通っていて、車で通勤する人には実に便利なところとなっている。私も通勤に車を使いたかったのだが、会社に専用駐車場がないことと、女房が通勤で使うということで、電車通勤となっている。
 女房が車を使うことの利点としては、買い物に便利なこともある。バイパス沿いにスーパーは点在していることもあって、いつも新鮮な食材をそこで買い求めているらしい。
 女房が帰ってくる時間はおおむね、午後六時前だろうか。だから最近は明るいうちに帰ってきているはずである。
 今日も帰ればいるはずの女房の顔を思い浮かべていた。
 果たしてニコニコとした顔で迎えてくれるであろうか?
 気持ちとしては間違いないと思っているが、一抹の不安がないこともない。何しろ最近女房の笑った顔はおろか、暗い表情しか見たことないような気がして、想像がつかない自分に嫌悪感を感じている。
 田舎道をひたすら歩いてくると、住宅街が見えてくる。まるで砂漠の中のオアシスのように、田んぼに浮かんだ要塞である。
 ベッドタウンとしてはまだまだ開発中なのかも知れない。何しろ整地はされているが、分譲地のまま、家屋が建っていない土地も多く見られ、近くには住宅会社の詰め所が点在している。
 近く学校もできるみたいで、そうなれば、駅からの路線バスも開通することだろう。今自転車や徒歩で駅まで通っている人の一番の願いは、路線バスの開通にあるのではなかろうか。
 かくいう私もその一人である。駅までの徒歩三十分は、気分転換したい時にはいいが、たいていはきついものだ。
 先ほどの影のことを考えていたせいか、いつもより早くついたような気がする。気にしている間は長く感じていたのだが、気がつくとマンションの近くまでやってきていたのだ。
 すでにいくつかの部屋から明かりが漏れていて、気がつけば、すでに西日が遠くの山に落ちかけていた。感じていた時間よりも早く日が落ちたようである。
 西日が落ちていることで、もう影を気にすることもなくなっていた。知らぬ間に忘れていたのは、きっと日が落ちて影が分からなくなっていたからであろう。
 この時間はさっきまで吹いていた風が止んでしまっている。いわゆる「凪」といわれる時間帯で、一番事故の起こりやすい時間帯でもあるらしい。
「すべてのものがモノクロに見える時間なんだよ」
 そういって説明してくれた友達がいた。確かに統計的にもそれは裏付けられているようで、十分根拠のある話だった。しかし実際にそのことを感じることもなく今まで来たのだった。
 しかし、その日はそれを嫌というほど感じている。先ほどまで気持ち悪かった影の出現が、そのまま私の背中に汗を掻かせた。先ほどまでは風があり、気持ちよかったのだが、無風になると生暖かさしか感じることができず、さらに気持ち悪さを感じてしまう。
 モノクロに見えてくると、実際に私を追いかけている人物の存在までいるのかいないのか不思議に思えてきて、頭の中がグレーに感じられる。
――気のせいだったのだろうか? いや、確かにいたのだ。靴音まで感じられたではないか――
 自問自答を繰り返す。乾いた靴音が、
「カツン、カツン」
 と確かに響いていた。しかし、モノクロに見える時間帯は物音が湿気た空気に吸い込まれるかのように、まったく音を感じるなど考えられない状態だった。耳鳴りこそすれ、それが喧騒とした雰囲気には程遠いものである。
 マンションの通路まで来ると、さすがに靴音を感じることができた。
「カツン、カツン」
 乾いた音があたりにこだまする。
――いつもの音だ――
 そう思うことで自分自身に安心感を与える。革靴の乾いた音に爽快感すら感じているのは気のせいではあるまい。
作品名:短編集15(過去作品) 作家名:森本晃次