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星の流れに(第一部・東京大空襲)

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 だが、同僚がぼろきれの様になって去って行くのを見ながらも、辞めるわけには行かない者もまた少なくない。
 一家の大黒柱を戦争で失った家族はいくらもあり、特別な技能を持たない女性が働ける場所は限られる、それでも家族を食べさせて行かなければならないならば、他にどんな道があると言うのか。
 静子もその一人だ、身も心も擦切らせながらも静子はRAAでの仕事を続けた。
 

 しかし、翌年三月、RAAは突然廃止となった。
 あくまで建前上だ、その証拠にその二年後となっても協会事務所は存続している、赤線組合組織事務所として……要するに官から民へ移行されたに過ぎないのだ。
 どのみち売春組織は存続して行く事を見越して、官が体面を繕っただけの事だ、RAAの存在を知った米大統領夫人の鶴の一声があったのだとも噂された、噂が本当だとしたらそれこそ上っ面の偽善、それがもたらす結果を考えない愚挙と言わざるを得ない。
 そしてRAAで働いていた女性たちの多くはそのまま仕事を続けている、RAAが廃止された事は、身分を曖昧にされ、中間搾取を受けるようになっただけのこと、防波堤となる事を要請されながら、体面の為に見放されただけの事だった。
 そして人は彼女たちを『パンパン』と呼び、蔑んだ。
 RAAと言ういわば密室から、街角と言う野に放たれたことで余計に世間の目に晒されるようになったのだ。
 静子も相変わらず仕事を続けていた。
 勿論、静枝は工女でもなんでも良いから自分も働くと申し出たのだが、姉は進学しろと言って聞き入れなかった。
 静枝はもうすぐ高等女学校を卒業する、自分は勉強嫌いだったが、静枝は成績も良い、望むなら上位の専門教育を受ける資格も得られる、何か専門的知識があれば職にあぶれる事はない……それが静子の思い、生きるために身体を売るのは自分でもう終わりにして欲しいから。
 静枝は静子がこの仕事を続けて行くことを、今でも認めてはいない、事ある毎にもう辞めて欲しいと懇願する、辞めて欲しいのは体面が悪いからではない、姉が身を削っている事をひしひしと感じるからだ。
 『パンパン』である姉を蔑んだりする事は勿論しないし誰にもそれは許さない、囃し立てる者がいても、東京大空襲の夜からどうやって生き延びて来たのかをつぶさに話して聞かせる、『わかった、もう良い』などと言われても、追いかけてでも必ず最後まで言って聞かせる、それがせめてもの静枝の『戦い』なのだ。
 生きて行くために、妹の将来のために、夜な夜な心ならずも真っ赤なルージュを引く姉を蔑んだりできるものか……蔑ませてなるものか……。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

 終戦から二年後、一曲の歌が世に出た。
 『星の流れに』だ。

 ♪星の流れに身を占って 何処をねぐらに今日の宿
  荒む心でいるのじゃないが 泣けて涙も涸れ果てた
  こんな女に誰がした

  煙草ふかして口笛吹いて 当てもない夜のさすらいに
  人は見返る我が身は細る 町の火影の侘しさよ
  こんな女に誰がした

  飢えて今頃妹は何処に ひと目会いたいお母さん
  ルージュ哀しや唇噛めば 闇の夜風も泣いて吹く
  こんな女に誰がした

 (作詞:清水みのる 作曲:利根一郎 歌唱:菊池章子)

 その唄はパンパンと呼ばれる女性たちの間に瞬く間に広がり、静子も良く口ずさんだ。
 その歌を口ずさむと胸が締め付けられる思いだ、しかし、口ずさまずにいられない、胸が締め付けられた分、気持ちは少し軽く、楽になるような気がした。

▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽    ▽

「その最後のフレーズだけなら知ってるよ」
 和貴が言う。
「『こんな女に誰がした』って……大伯母さんは誰のせいだと思って歌ってたんだろう」
「一言で言ってしまえばアメリカね、直接的には間違いなくそうだもの、でもね、静子姉はアメリカ兵にもいろんな人がいるって言ってた、性欲を充たすだけ充たして、その実日本人を蔑んで人間扱いしない兵士もいれば、人間として、女として扱ってくれる人もいるって……、RAAに入ったばかりの頃は『アメリカ兵』ってひとくくりでしか見ていなかったけど、実際は色々だって……だから、どうなんだろうね、アメリカと日本が戦争したこと、そして日本がその戦争に負けたこと、そのせいだと思っていたのかもしれないね、もっと言うならばそんな時代に生まれ付いてしまったことかも知れないね……」
「『時代』……か……」
「『時代が違う』とか一言で言っちゃうと、思考停止の決まり文句みたいに思われるけどね、時代の波に抗ってそれを変えられる人間なんていないと思う、時代を変えた偉人と言われるような人も、時代の変わり目に少しばかりきっかけを作っただけのような気がするよ。
 コップに水が溜まって溢れそうになっていた時にスプーンでコンと叩いて波紋を作るくらいのものね、時代はいつだって人間の欲望が作り出すんだと思う、時代ごとの常識や倫理観も人間が都合の良いように形作るものなんじゃないかしらね」
「それも力の強い人間がね」
「そう、あの当時、アメリカやヨーロッパの白人は、白人だけが神の子であり、優れた存在であって、異教を信じる有色人種は未開人だと考えてた、それが常識だったのね、だからアジアやアフリカ、南アメリカの国々を植民地として統治する事は当然だと考えていた、未開人に信仰と文明をもたらしてやるんだ、それが正義なんだとすらね、そしてその実、自分たちが豊かになるために植民地を奪い合った、時に敵対して、時に手を組んでね、日本はそれに最後まで抗ったけれど、結局は負けてしまった」
「あ……だからさっき『日本の過ちは戦争に負けたこと』だって……」
「そう……戦う事を決断した以上は負けてはいけなかった、白人が支配する世界と言う時代に抗うのなら時代を変えてしまわないといけなかった、そう思うのよ……最後まで抵抗したことで白人が支配する世界に一石は投じられたと思うけど、その代償も大きかった……」
「それが『白旗を揚げるタイミングを誤った』ってことなんだね?」
「そうよ……でも、誰にも本当のところはわからない、もう少し早くに降伏していれば広島や長崎、そして東京であれほど沢山の人が死ぬことはなかったのかも……でも、逆にそこまで抵抗したからこそ植民地にされずに済んだのかも……どっちが良かったのかなんてわからない、あたしはあの空襲でお父さんとお母さんを亡くしてるから、降伏は遅すぎたって思うだけかもしれないしね……」
「もし植民地になっていたらどうなってたのかな……」
「東南アジアにはかつて欧米の植民地だった国がいくつもあるわね」
「そうか、それと同じように……」
「多分同じではなかった気がするわ、戦わずに降参した国を治めるより抵抗して戦った国を治めるほうが難しいでしょう?」
「そうか、より厳しく統治しないと……」
「そう、力で押さえつけておかないと安心できない、どこまでもね」
「大伯母さんだって戦い続けてたんだもんね」
「そうよ、静子姉は戦い続けてくれたの、病に斃れるその日までね……」


(第二部に続く)