小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

短編集13(過去作品)

INDEX|7ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

「それはきっと、今まで隠そうと自分でしてきたからじゃないかしら? 私にはあなたが一番分かりやすい人に思えるの。だから付き合いはじめても違和感というものがないのかも知れないわ」
「ありがとう。その言葉、素直に喜んでいいのかな?」
「ええ、いいわ。私も喜んでもらおうと思って言ったんですもの」
「そういえば、恵子は僕のどんなところが気に入ったの?」
「暖かいところかしら、一緒にいて安心できるというか、近くにいて感じる暖かさ。最初からあなたには違和感がなかったですから」
「そう言ってくれると嬉しいよ。僕はあなたに一目惚れだったんだけど、恵子も僕に同じような感情を抱いたのかな?」
「そうかも知れないわね。とにかく初めて会ったような気がしなかったのは事実ね。まるで以前から知り合いだったような気がしていましたもの」
「それは僕が話しかけた時?」
「いえ、初めてあなたが赴任して来た時からです」
 その言葉は何となく予感していたような気がする。私も最初に恵子を見て一目惚れした時に、以前から知り合いだったような錯覚を感じたからだ。一目惚れの中に、心地よい懐かしさのあったことは否定できない。
 恵子は私に暖かさを感じたという。私も感じているのだが、身体を重ねた時にそれほど暖かさを感じなかった。というよりも、肌と肌の触れ合いに暖かさというよりも、まるで身体の一部のような感覚があったというべきであろうか? 身体にピッタリと吸い付き、空気の入り込む隙間もないくらいなのにもかかわらず、密閉感を感じない。
――このまま、できることならじっとしていたい――
 と思える瞬間があったのも事実で、お互いの暖かさがまるで以前から知っていたような気持ちにさせるのかも知れない。
――ずっと捜し求めていた女性に出会ったのだ――
 これが満足感というものであろうか。昂ぶってくる気持ちの中で、そして薄れゆく意識の中で、感じたことだった。
 話をしていて感じるのだが、恵子は今までに何度も人を好きになったことがあるようだ。しかも、同時に違う人を好きになり、苦しんだことがあるような気がして仕方がない。それは感覚的に分かるもので、何の根拠もあるものではない。
 だが、今まで一目惚れなどなかった私は、女性の気持ちには疎かった。相手が何を欲しているのかが分からず、うろたえてしまうこともしばしば、相手にはそれがとても不安に写ったのだろう。
「あなたが重荷に思えてくるの」
 相手からのこんなセリフもそんな思いから出てくるに違いない。
 しかし、今の私は恵子のことがよく分かる。恵子も私のことがよく分かるらしく、
「あなたの行動パターンはみえみえよ」
 と言って苦笑いをしていたくらいだ。
「そんなに簡単なものかな?」
 と私も苦笑いを返すが、お互いにまんざらではない。
 そんな時、私には恵子が時々上の空であることに気がついた。それも、私の話を聞いているのだが、私の目をまともに見ていない時がある。
「何か心配ごとでもあるの?」
「ううん、そんなことないわ」
 少しぎこちないが、それで我に返ったような感じである。とても尋常には思えないのが気になった。私には見当もつかないことで、私の想像をはるかに超える何かなのかも知れない。
 そんな時ふと感じるのが、
――私の後ろに誰かを見ているような気がする――
 というものだった。
「誰か他に気になる人でも?」
 思い切って聞いてみた。
「ごめんなさい。癖なの。私、いつも誰かと付き合うと、その人の後ろに誰かを感じているみたいなの。でも今のあなたの後ろには何も感じないの。こんなのって初めてだわ」
 嘘をついているようには思えない。
「いったい、誰を見ているんだろうね?」
「きっと、欲が深いのかも? 誰か他の人を感じているのかも? 今までに誰かと付き合っていても、すぐに他の人を好きになったりするの。後から現われた人の方が素敵だったたことは今までにもいっぱいあったわ」
 私はそれ以上のことを聞かなかった。きっと私に話したということは、恵子も今は私以外に誰も見えていないのだろう。
 そういえば、自分にあるジンクスを思い出した。
 今までに自分のまわりで集まりがあった時など、必ず最後になるのは私だった。それは無意識のことであって、後になって気がつく。
――ああ、また最後だったんだ――
 何度、この感覚を覚えたことだろう。それは身体が痺れるような感覚で、不思議なものだった。それを今、恵子に感じている。
 それからの恵子は私の顔をまともに見れている。以前まで私の後ろに誰かを感じていたなど、信じられないくらいである。その瞳の奥には私が写っていて、私の目にはきっと恵子だけが写っていることだろう。
 一目惚れというものに魔力があるとすれば、私はその魔力を手に入れた。恵子が今まで抱えていた苦しみから救ってあげられるのは、やはりこの私しかいない。そんな思いが全身に漲っている。
――今度で本当に最後なのだ――
 恵子にもきっと私と同じような魔力があるのかも知れない。今までにいろいろな男性と付き合ってきたのだろうが、それも自分に合う人を探すためではなかったのだろうか? 
きっとお互いに捜し求めていた相手が見つかったのだ。お互いにこれが最後……。

 部屋でゆっくりと見つめあっている。
 重い空気が支配する中、かすかに開いたカーテンから木漏れ日が漏れてくる。壁に男と女の抱き合っている影を映し出している。どうやらそこはホテルの一室、湿った空気をどこにも逃がさないかのような密室であった。
 影はピクリとも動こうとはしない。壁に焼きついたかのように、まるで焦げ目を見ているかのようだ。ゆっくりとフィードバックされて部屋の全貌が明らかになる。だが、そこには抱き合っているはずの男女の姿はどこにもない。
 湿気を含んだ空気がさらに重さを増し、ベッドに横たわっている男女を包んでいた。そこには硬くて重たい身体が重なり合っていて、冷たさがさらに空気を重くしている。そこに横たわっている男女、もう離れることは絶対にないことを確信したかのように安らかな顔をしている私と恵子だったのだ……。


                (  完  )

作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次