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短編集13(過去作品)

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ジンクス



               ジンクス


 私には時々、不思議な力が備わっているんじゃないかと思える時がある。不思議な力というには大袈裟かも知れないが、偶然が重なり合っただけでは説明がつかない気がするのだ。
 初めて意識したのは小学生の頃だったと思う。最初に感じたのは、友達と放課後に家の近くに集まった時のことだった。
 その日はいつものように野球をすることになっていて、三角ベースの野球なのだが、少なくとも全部で八人はいないとゲームが成り立たないルールになっていた。小さな公園で軟らかいボールに軟らかいバットを使う野球は、あまり運動が得意ではない私にも気軽に参加できて、人の足を引っ張ることなく遊べるのだ。
――目立っちゃいけないんだ――
 これをいつも自分に言い聞かせていた。下手だということを自覚しているので、目立ってしまうと足を引っ張っていることが大袈裟に見えてしまう。
 しかし、それはなかなか難しいことだった。小さい頃から目立ちたいと思う気持ちが強いのを自覚していたせいもあり、自分の存在を少しでも薄くすることは、自分にとって一番苦手なことである。まるで自分の存在そのものを自らが滅しているようで、身を切られるような思いすらする。
――プレーで目立たなければいいんだ――
 という気持ちがあるからだろうか。違ったことで目立っていた。だがそれは私が自分で気付いただけで、他の人が気付いているかどうか疑問である。きっと気付いていないのではなかろうか。
 私は学校から遠い方ではない。家に帰ってからいろいろしなければならないわけでもない。そして公園まで遠いというわけでもない。なのに、なぜかいつも一番最後に現われるのだった。
 約束の時間を決めているわけではないが、いつも私が現われるのは午後四時半きっかりである。自分なりの予定を普通にこなしているとその時間になるわけで、判で押したような到着時間に我ながら驚いていた。
「秀一、遅いぞ」
「悪い悪い」
 言葉ではそう言っているが、遅いわけではないし、友達もニコニコしている。イライラというよりやっと始められる喜びの方が強いのだ。
――ただの偶然だよな――
 いつも最後は私なのだ。それなのに、誰にも文句を言われることがない。これは役得なのだろうか?
 それは放課後の野球だけに限らない。どこかに行こうと待ち合わせたりする時に一番最後になるのはいつも私なのだ。しかし学校行事などのように公式の場合はいつも早めに現れる。不思議といえば不思議だ。
 友達と待ち合わせる時も早めに現われようと努力したことはあった。しかし何かと用意するのに掛かる時間を削るわけにもいかず、それを最初から用意していると、親から呼び止められたりするのだ。用意をしていない時に呼び止められるようなことががなかったのは幸運だったのかも知れない。そんな幸運を私は自分の不思議な力だと感じているのだ。
 それにしても、なぜいつも最後の私に誰も文句を言わないのだろう。いくらそれほどの遅れではないとは言え、一言二言、小言のようなものがあってしかるべきではないだろうか?
 私が不思議な力だと思っているのは、いつも最後になるということではなく、むしろ誰からも文句を言われないところにある。それからだった。自分があまり人から怒られるタイプの人間でないと意識し始めたのは……。
「人から後ろ指を刺されないようにしないとな」
 これはいつも父親から言われることだった。実に当たり前のことを言っているのだが、金融業に勤めていて、細かいことにうるさい父は、まわりの目をやたらと気にしていた。私も言葉の意味は分かっているし、当然のことを言っているので、いつも、
「うんうん、分かっているよ」
 と少し大袈裟目に頷いていたが、心の中では、
――あまり気にすることではないな――
 という気でいたというのが本音である。
 そんなに人の目ばかりを気にしていてどうなるというのだろう? 確かにいざという時に頼りになる人であるためには、人との信頼関係が必要だということは分かっている。人との生活は持ちつ持たれつ、ケース・バイ・ケースで何とでもなる。私だって人を頼りにすることもあるだろう。そのための人脈は作らなければならないと思う。しかし、だからといって絶えず人に気を遣っていては、相手も息苦しいのではないかとも考えるのだ。
 大学を卒業するまで、まともに女性と付き合ったことのない私が、会社に入ってすぐに彼女ができた。大学時代ほど彼女がほしいと思っていなかったことは、何とも不思議である。
 彼女は名前を恵子という。名前も平凡だが、性格も平凡だった。高校を卒業し同期入社なのだが、同期入社の中でも一番目立たないタイプの女性だった。目立たないというと言い過ぎで、大人しい性格である。
 しかし、私にはどうしても目立たない性格に思える。小学生の頃、目立たないようにしなければと思っていた頃を思い出させてくれるからだ。
 そういえば、小学生の頃、
――ひょっとして好きだったのでは?
 と思える女の子がいたのを今さらながらに思い出していた。女性を異性として意識したことなどなかった私にとって、
――何となく気になる女の子――
 だったのだ。
 その子はとても大人しかった。もの静かで、まるでいつも何かに怯えているようなオドオドした態度をしていた。歩いていても、じっとしている時でも絶えずまわりを気にしていて、私の目にいやでも飛び込んでくるような存在だった。
 私の中で彼女の存在が大きくなっていく。名前を尚子といったが、気がつけば仲良くなっていた。いつも私のそばにいて、
――守ってあげたい――
 という気持ちになっていたのだと思う。子供心にもそんな気持ちが芽生えるのは嬉しいことで、慕ってくれることに喜びを感じる。そんな関係だった。
 しかし、今から思えば本当に尚子は目立たないタイプだったのだろうか? 少なくとも私は意識していた。私のように意識した人も他にいるかも知れない。そう感じたのは私が女性を異性として意識し初めてからのことだった。いつも一緒にいたはずの尚子がいつの間にか私のそばから離れていったことに違和感はなかった。別に寂しいという気もしなかったし、なぜ離れていったのか、その理由を深く考えようともしなかった。きっと女性を異性として見ていなかったからに違いない。
 女性を異性として感じるようになってからの私は、大人しい女性をあまり意識しなくなっていた。私自身があまり話題性のある方ではなかったので、きっと一緒にいて会話にならないだろうと思ったからだ。
 また偏見かも知れないが、大人しそうに見える女性に限って気が強いんだと思い込んでいたところがある。
 最初は話題を求めている女性も、男に話題がないと男を追い詰める目をしてくると思っていたからである。話題を提供されてこそ会話になると思っている女性は、話題性のない男性をどう思うのだろう?
 似た者同士なので、相手の気持ちも分かるだろう。それだけに余計にイライラしてくるのではないだろうか?
作品名:短編集13(過去作品) 作家名:森本晃次