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偶然の裏返し

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 この物語はフィクションであり、登場する人物、場面、設定等はすべて作者の創作であります。ご了承願います。

                 ウワサ話

――喫茶店に一人でも入るようになったのは、いつ頃からだったのだろうか?
 分かっているつもりなのに、一人で喫茶店にいろと、急にそんなことを感じる時間が、必ず一度はある。急に何かを思い立つということはあっても、気が付いたように我に返るようになったのは、ごく最近のことだ。
 樋渡純也は、三十歳になったのを意識していないつもりだったが、二十歳になった時よりも気持ちの中では切実な思いがあることに気づいていた。
――俺は二十歳の頃って、何を考えていたんだろう?
 前ばかり見て、大人になったという実感を味わっていたのだろうか? いや、その頃はまだ大人になったという意識はなかったはずだ。
 では、一体何を持って大人になったというのだろうか? 就職して自分でお金を稼ぐようになってから? それとも、就職してから初めてできた彼女と付き合い始めてから?
 少なくとも大学時代の自分は大人になったとは思っていない。大人になりたいという気持ちばかりが先に立っていた。そんな思いがあるうちは、まだまだ大人になっていなかったはずだからだ。
 ただ、大学時代というのは、自分にとって特別な時間だった。確かにまわり流されて、あまり勉強もせずに遊びまわっていた記憶だけが残っている。しかし、遊ぶのも一つの勉強で、決して楽をしていたわけではないと思っている。先輩に連れて行ってもらった夜の街。そこには、それまで見たことのない、
「大人の世界」
 が広がっていた。
 自分はすっかりその雰囲気に呑まれてしまい、元々強くないアルコールを、呑めるつもりで無理に呑んで、後できつい思いをしたことが何度あったことか。その時に、
――まだまだ自分は子供で、大人の世界には入り込めないんだ――
 と思っていた。
 それでも、無理して入り込もうとしたのは、いつまでも子供では嫌だという思いが強かったのか、それとも、雰囲気に呑まれてしまう自分をどうすることもできないのが大人の世界であるという認識から、金縛りに遭ってしまい、動けなくなってしまったからなのであろうか?
 まだ童貞だった頃の純也は大人の世界に対して怖いとは思っていたが、それが恐怖心だとは思っていなかった。怖いと思っていても、どこかに逃げ道があって、無意識に逃げ道を探しながら入り込んでいく大人の世界は、まだまだ他人事のようだった。
 しかし、先輩に連れていってもらった風俗で「筆おろし」をしてもらうと、それまで探していた逃げ道が急に見えなくなってしまった。
――逃げ道なんて探す必要はない――
 と感じたが、そこには、新たな怖さが湧き上がってきた。それが、
――怖さとは違う恐怖心――
 であることにすぐに気づいた。
 怖さとは、その時だけのものであるが、恐怖心はいったん植えつけられてしまうと、離れることはなく、自分の中に潜伏してしまう。なくなったと思っていても、必ず恐怖心がよみがえってくる瞬間は訪れるものだ。純也にとっての筆おろしは、開けてはいけないパンドラの匣を開けてしまったのも同じだったのだ。
 しかし、この箱は、絶対に逃げることのできない箱であり、いつかは必ず訪れる転機をたまたまその時に開けたというだけのことだった。
 ただ、その箱は純也にとって妖艶すぎた。それまで知らなかった世界を垣間見ることがこれほどの快感であるものかと思うほど、純也には刺激が強すぎた。それまでは、
「別に彼女なんていらないや」
 と言っていたのに、急に寂しさがこみ上げてきて、一人でいることの寂しさを初めて知ったような気がしたのだ。
 純也は、女の子に声を掛けることなどおこがましいとまで思っていた。声を掛けられない自分に、彼女がほしいなど、ありえないと感じていたのだ。そんな時、
「一人っていうのも、結構楽しいものだよ」
 と教えてくれた友達がいた。
 女によって、寂しさの意味を教えられ、一人でいるという孤独を、友達に教えられた。どちらも同じことなのだろうが、感覚的にはまったくの別物だ。
「寂しさというのは、体感から来るもので、身体がまず寂しさを感じる。しかし、孤独というものには身体は関係ない。一人でいるという事実だけが、孤独を意味するのだ。だから、孤独だからと言って寂しいわけではないし、寂しいからと言って、孤独だとはいえない」
 というと、
「寂しいから孤独っていうんじゃないのか?」
 と友達に言われたが、
「そんなことはない。なぜなら、孤独には寂しい孤独と、寂しさを伴わない孤独があるからだよ」
 というと、友達はしばし考えた上で、
「なるほど、その通りだ」
 と答えた。
 その友達も、
「俺の場合は、孤独を感じる時というのは、本を読んでいる時なんだ。活字の本で、マンがではないぞ」
 と言うと、
「俺も本を読むが、本を読んでいるというのは、自分の世界に入れるからな。集中して呼んでいて、本の世界に入り込んでいると思っているんだけど、実際にはまったく別のことを考えていたりするんだ。読書ってそういう意味では面白いものだね」
「俺はそんなことはないな。やっぱり本の世界に入り込んでいるんだ」
 友達の言うのが正論なのだが、話をしているうちに、自分の考えていることがまとまってくるのを純也は感じていた。
「本を読んでいると、勝手な妄想が頭の中に浮かんでくるんだ。それはひょっとすると、本を読んでいる自分を客観的に見ているからなのかも知れないとも思うことがあるんだよ」
「その発想は面白いな。それは客観的に見ているともいえるけど、まるで『箱の中の箱』を見ているような気がするな」
 と奇抜な発想を口にした。
 しかし、その時の純也はすぐに答えを出すことはできなかった。奇抜が奇抜ではないような気がしてくるからだ。
――心のどこかに響く何かがある――
 そう感じたからだ。
 読書の話をしていると、大学に入ってから先輩から連れて行ってもらった喫茶店を思い出していた。それまで、友達や先輩としか入ったことのない喫茶店、彼女ができれば連れていきたいと思ってはいたが、それもなかなか達成できない。彼女ができるという発想がなかなかないからだ。
――どうしても、受身になってしまうからな――
 自分から女性に声を掛けることなどできないと思っていた。なぜなら、声を掛けるのなら、それなりに話題性があり、会話を続けるだけの自信がなければいけないと思っているからで、話題性どころか、会話を続けるだけの話術もない。話題性があったとしても、数回会話が続けばいいほどで、言葉に詰まると、そこで終わってしまうことは目に見えていたからだ。
 一口に言えば、
「女性に声を掛ける勇気がない」
 ということになるのだが、それは、子供の頃に感じた勇気のない自分とは違っていた。
 子供の頃の自分は、人と話すことで、人から、
「何かを言われて、それに対して答えられなければどうしよう?」
 というものだった。
 しかし、大学生の頃は、
「下手に会話を合わせてしまい、自分の思っていることと全然違うことを答えてしまったらどうしよう?」
 というものだった。
作品名:偶然の裏返し 作家名:森本晃次