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短編集12(過去作品)

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曖昧な時間



               曖昧な時間


「あいにくの雨だね」
 私がそういうと、
「そうね、有名な夕日は見れるかしら?」
 と、女は少し残念そうな表情をした。昨夜、部屋に入る前は晴れていた。しかし朝起きて表に出ると、降り始めた雨のため、前がもやって見えるほど。しばらく考えていたが、女は恨めしそうに空を見上げ、忌々しそうに舌打ちをしていた。綺麗な女なのに、こんな一瞬が私に疑問を投げかける。
 目の前に湖が広がっている。海からも繋がっていて、途中に大きな橋が見えるが、ホテルはそのほとりにある。昨日この街に到着した時は、満天の空だった。月も綺麗に出ていて、少しオレンジかかった色をしているようで、いつもより大きく見えた。手を伸ばせば届きそうな月を見上げながら歩いていると、あっという間にホテルまで来ていた。横にいた女も同じ気持ちだったことだろう。
「こんな綺麗な星空、本当に久しぶりに見ましたわ」
 お互いに、見上げた星空から、しばらく目が離せなくなっていた。
「きっと明日は綺麗な夕日が見れるさ」
 と、言っていたはずがあいにくの雨、天気予報をまったく見ていなかったことを後悔していた。
 私と女は旅行の真っ最中だった。初めての二人で出かけた旅行。知り合ってそろそろ二年が経とうとしているが、今までは旅行に出る時間がなかった。仕事が忙しかった私は、出張にはよく出かけた。それだけに今まであまり行ったことのないところに行きたいという気持ちもあったのだが、計画してみると、ほとんどが行ったことのあるところだったのも皮肉なことだ。
 昨日からやってきているこの土地は松江である。山陰で一番大きな都市で、市内には宍道湖という大きな湖がある城下町である。ここからは出雲大社も近いし、山陰を訪れる人は必ず松江に足を踏み入れるだろう。
 私の名前は風間俊夫、年齢はそろそろ四十歳近くで、妻とは三年前に離婚してから、独身である。相手の女は名前を坂崎美佐子といい、年齢的にはまだ二十歳代前半である。正確な年齢を一度聞いたことがあるが、かなり前だったので、おぼろげな記憶だ。今さら聞くわけにもいかず、とりあえず二十代前半ということで把握している。
 男も年齢が四十歳近くになれば二十代前半くらいなら年齢が曖昧でもあまり気にならない。ハタチでも二十五歳でも、あまり変わらなく感じるのだ。しかし自分の当時を思い出すと、
――何と波乱万丈な時代だったんだ――
 と感じ、一年一年でまったく違う人間だったように思えてくる。もちろん結婚前で、付き合っていた女も何人かいた。今から思えば浅い付き合いだったが、その頃はそれぞれが一生懸命だったような気がする。
 妻との離婚は、相手からの一方的なものだった。別に私が不倫をしていたわけでもなければ、家庭にお金を入れなかったわけでもない。家に帰るといきなり机の上に置いてあった離婚届、緑の紙を見た瞬間の私は、頭が真っ白になっていた。
 予感がなかったわけではない。確かに会話などなくなっていて、子供がいたわけでもない。夜になっても妻を抱きたいと思うこともなく、妻も私に要求してくることはなかった。
――冷え切った夫婦生活――
 何とかしなければいけないと思った時期もあった。少しでも会話をしようと話しかけたりもしたが、相手は一向に話すどころか、私の顔を見ようともしない。私は疲れ果てていた。
――もういいだろう――
 と夫婦生活に見切りをつけようかと感じながら、
――いや、まだ望みを捨ててはいけない――
 と言い聞かせる自分もいる。
 そんな矢先の離婚届に、頭が真っ白になってしまったのも無理のないことだろう。
 理由を聞いても、
「性格の不一致、価値観の相違」
 と、漠然とした答えしか返ってこない。まるで離婚理由の決まり文句ではないか。
――他に言うことはないのか――
 と心で訴えたが、声には出していない。そういうその他大勢のセリフしか言えない妻に対しても私は憤りを感じているのだ。通り一遍のセリフなら誰だって言える。少なくとも自分の妻は、そうであってほしくなかった。
 離婚までには少し時間が掛かった。ハッキリした理由を聞きたいという思いが強く、もうすでに気持ちは離れていたにもかかわらず、私が承諾しなかったのだ。しかし結局押し切られ、理由もハッキリしないまま、離婚届を見せられてから半年での離婚となった。その間妻は実家に帰っていて、離婚の時に久しぶりに顔を見たのだが、
――これが妻か?
 と感じるほどやつれていた。しかし眼光だけはするどく私を睨みつけていた。それが最後となったのだ。
 離婚してから妻とは会っていない。離婚した夫婦でも友達付き合いをしたり、何かあったら連絡を取り合っている人もいるみたいだが、私には信じられなかった。顔を合わすのが怖いのかも知れない。今さら会ったとしても、そこに会話など成立せず、一緒にいるだけで息苦しくなってしまう。別居前からその傾向はあった。私の方で気がつかなかっただけで、とにかく会話がまったくなかった。疲れているのだろうと思って気を遣っているつもりだったが、次第に話すことすら億劫になってしまっていたのだ。
 人と一緒にいたくないと感じたことはそれまでにもあった。しかしこの時ほど一人になりたいと思ったことはない。離婚してすぐなどは、会社の連中と顔を合わせることも嫌だった。
 だが、ガールフレンドはほしいと思っていた。離婚の原因がハッキリしないこともあって、女性不信にまで陥らなかった。人間不信が先に来て、
――私は悪くないんだ――
 と、一人気持ちの上で虚勢を張っていた。
 そんな時、一人で入ったスナックがあった。飲み屋街から少し離れたところに位置している店で、とにかくあまり目立たないところだった。名前をスナック「カトレア」、名前にも興味を惹かれたのかも知れない。薄暗い看板が暗くなった場所を、精一杯の明かりで照らし出している。私が入ってみようと感じた理由は、その申し訳程度に周りを照らしている薄暗い看板を見たからだ。
 同じように店内は薄暗かった。カウンターばかりの店で、客は私だけだったようだ。
「いらっしゃい」
 奥からママが出てくる。初顔の私を見てニコリと一瞬笑顔を見せたが、それだけだった。常連で持っている店なのか、それとも本当に他に客が来ないのか、よく分からない。私としては一人でゆっくり呑みたかったので、客もおらず、あまり構われない方がいいのだ。ママの雰囲気を見れば、私の望みにピッタリな気がする。
「ウイスキーを下さい」
 そう言っておしぼりで手を拭きながら店内を見渡すが、カラオケ装置はあるが、モニターにCMが流れているだけだった。明るさが目立つだけに却ってCMが虚しく感じられる。
 この店は普段からこんな感じなんだろうか? もっともこの店の雰囲気から、お客がいっぱいになるところなど想像もつかない。何かを考えるともなく漠然と呑んでいると、自然に時間が経っていった。
「こんばんは」
 どれくらいの時間が経ったのだろう。後ろを見ると一人の女の子が入ってきた。ニッコリともせずに無表情なのが印象的で、年はまだ二十代前半だとすぐに感じた。
 年のわりには落ち着いて感じる。
作品名:短編集12(過去作品) 作家名:森本晃次