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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Hail mary pass

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【7】


一九九四年 八月八日 夜

「こんばんは」
 扉の鍵が開いていて、それ自体は驚くようなことではなかったが、一階だけ電気が点いていてあとは真っ暗なのを、和馬は不審に思った。片方の拳を固めて、空いている方の手で引き戸をゆっくりと開けると、清水家のややかび臭い玄関の匂いが鼻をついた。浩が一歳だったとき、数年ぶりに集落を訪れた。その時から、和馬は定期的に訪れるようにしていた。ほとんどの場合は土産を持って、清水の父を訪ねた。一緒に杯を交わすことはなく世間話程度だったが、いつでも歓迎された。弥生と浩がいるときは、三人で遊ぶようにしていた。浩は和馬に懐いていて、帰ろうとするといつも足にしがみついて嫌がった。その習慣は、三年続いた。九四年は忙しい年で、年の残り半分を切るころには、和馬はすでに六人を殺していた。殺す人数が増えると、自然と集落から足が遠のいた。いくら犯罪者とは言え、命乞いする人間の頭を拳銃で撃って、その手で子供の頭を撫でるほど器用な人間ではないと、和馬は自覚していた。だから、集落を訪れるのは今年に入って二回目だった。ほぼ半年が空いたことになる。
「お久しぶりです。いつものお酒、持ってきましたよ」
 和馬は暗闇に声をかけたが、返事はなかった。失礼を承知で廊下の電気をつけて気づいた。玄関に靴がほとんどない。静かに靴を脱いで上がると、和馬は息を殺して廊下を歩いた。台所で、シンクに落ちる水滴の音がかすかに響いていた。
「バンバン!」
 後ろから突然叫ばれ、和馬は酒瓶を床に落として振り返った。五歳になったばかりの浩が立っていて、拳銃の形にした手を和馬に向けていた。
「やられたわ、いやーびっくりした」
 和馬がおどけると、浩は屈託なく笑って、言った。
「こんばんは」
「撃っといて言うか。こんばんは」
 和馬が言うと、浩はくすぐられたように笑った。和馬は床に落とした酒瓶が割れていないことを確認すると、片膝をついて浩と同じ目線になって、言った。
「今日は家の中、静かやね。みんなどうしたん?」
「今日はじいちゃんばあちゃん、おらへん日やねん」
「弥生……、いや、お母さんは? どっちかおるはずやろ」
 和馬が言うと、浩は口をへの字に曲げて、首を横に振った。
「今日は留守番してって、言われた」
 和馬は時計を見た。夜の九時。心当たりはあった。顔見知りは、もう何年も通っていないはずだったが、町にある唯一のクラブ。
「ご飯は?」
 和馬が言うと、浩は自分のお腹をぽんと叩いた。
「食べた。おなかいっぱい」
「そうかそうか、ちょっと電話かけてくるわな」
 和馬は電話帳を繰って、クラブの住所を探した。電話口に出たのは顔なじみのスタッフで、和馬と分かると、急ににぎやかな声になった。
「どうもどうも、おひさです。勝馬くん、来てますよ」
 何となく、嫌な予感がした。和馬は言った。
「清水んとこの妹は来てるか?」
「いるいる、兄妹揃って」
 清水もいる。和馬は歯を食いしばって、俯いた。ロクなことがない。最近、また交流が復活したのかもしれない。殺しが忙しくて気にしていなかったが、最近殺した一人は、岩村と二人で始末した。向山すらいなかった。
「……何が起きとるんや」
 思わず独り言を口に出して、和馬は慌てて取り消そうとしたが、電話の向こうにいるスタッフにも聞こえたようだった。
「久々に集まったみたいな話してたけど」
「そうですか。誰か代わってもらえませんかね」
 和馬が言うと、しばらく雑音だけになって、清水が電話に出た。
「おう、和馬。ちょっと急に集まることになってな……」
「浩をほったらかしにしてまでお前、なんの用事や」
 和馬の口調に、清水は一瞬で神妙さを取り戻した。
「今日はオヤジが預かる日やろ?」
 その言葉は、半分弥生に向いているようだった。和馬は時計を見た。午前一時に、岩村と待ち合わせているのだ。向山と三人で、打ち合わせをしなければならない。その後で、倉庫へ真新しい四五口径を取りにいく。例によって向山は一発で連絡がつかなかったが、直接自宅まで出向いて叩き起こすつもりだった。
「家ん中、真っ暗やぞ。誰か車で来てるか?」
 和馬が言うと、清水はしばらく言い澱んでいたが、小さく息をつくと言った。
「勝馬が車で来てる。なあ、あいつは……」
「そこにいてるのは、さっき聞いた。別にごまかさんでもええわ。岩村さんと約束しとるから、いつまでもおられへんねん」
「分かった、ぼちぼち出るわ」
「それやったら間に合わんから、俺が今から浩連れてそっち行くわ。その代わり、責任持って連れて帰れよ」
 返事を待たずに、和馬は電話を切った。浩はおもちゃのピストルを傍らに置いて、靴下を履こうとしていた。何も言っていないのに、分かったのだろうか。和馬は、靴下が上手く履けずにひっくり返りそうになっている浩の横に座って、言った。
「ちょっと、ドライブするか?」
 浩はうなずいた。靴下がすぽんとはまり、和馬はハイラックスの助手席に乗せた。途中自販機でジュースを買い、町へ続く国道を走らせた。雑音だけだったラジオが復活し、アナウンサーの声が次第に明瞭になっていった。
『……臨時ニュースです。民家から人間の頭部のようなものが発見されました。この家にすむ五十八歳の男性と見られ、警察が身元の確認を急いでいます』
 和馬は、浩が隣にいることを今さら思い出してボリュームを下げたが、アナウンサーはもう次のニュースに移っていた。あの未解決連続殺人。たった今、被害者が一人増えた。和馬は心持ち飛ばし気味に、クラブへ続く市街地の道を通って、ちょうど清水と話してから一時間が経ったころに、クラブの前へハイラックスを停めた。泥だらけの場違いな車に、周りの客がじろじろと視線を寄越したが、和馬は運転席から飛び降りるように出ると、店の前で輪になっている清水と勝馬、そして弥生を見つけた。和馬は助手席から浩を降ろして、清水に言った。
「おい、来たぞ」
「悪い、ほんまにすまん」
 清水が両手を合わせながら頭を下げた。夜なのにサングラスをかけていて、不恰好だった。和馬の視線は違うほうに向いていた。勝馬と弥生でもなく、その後ろを通り過ぎた男に、見覚えがあった。その男は、勝馬の背中を軽くぽんと叩くと、夜の街に消えていった。勝馬が小さく頭を下げて挨拶するのを見て、記憶が蘇った。あの男はシャブの売人だ。和馬は、清水に言った。
「お前、いつからここに来てる?」
「今日が二回目や」
 和馬が直感でサングラスをもぎ取ると、清水は跳ねるように間を空けて、言った。
「……何しよるんや」
「お前、目見せてみい」
 和馬が近寄ろうとすると、清水はおぼつかない足取りで顔を背け、きびすを返しながら呟いた。
「返せよ」
 浩がいるということを思い出し、和馬は歯を食いしばった。背中を押して弥生のところへ向かわせ、深呼吸した。息をするだけでも激痛が走るぐらい、全員を痛めつけたい気分だった。勝馬とは、口を利く気にもなれなかった。確かなのは、清水と勝馬が、裏で何かを始めようとしているということ。
「……私が運転するから、鍵貸してよ」
作品名:Hail mary pass 作家名:オオサカタロウ