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短編集10(過去作品)

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風の囁き



               風の囁き



 電車を降り、駅を出ると、梅雨のこの時期であってもすでに陽は西の空に落ちていた。
 西の空を見ると薄っすらと残っている西日の跡が、昼間の暑かったことを思わせ、何となく身体に残っただるさを思い起こさせる。
 ほとんどの人が半袖に変わったこの時期、梅雨前の暑さが身に沁みている。これから訪れるであろう梅雨に後に控えている本番の夏を思うと、憂鬱になってしまう。
 この時期夕立などがよく降る。少しおとなしめなのだが、昼間容赦なく降り注いだ太陽がアスファルトの歩道を鉄板のごとく熱くしているため、少量の雨が却って湯気となって舞い上がり、奇妙な匂いを誘っている。
 その日はそんな夕立ちもない日だった。
 会社の業務終了が午後六時、定時にとても帰れることはないのだが、それでも午後七時には会社を出る。
 もちろんのこと、表は明るい。夜の帳が忍び寄ってくる気配を感じることなく、容赦ない西日に照らされながら、汗を拭き拭き駅へと向かう。
 電車に乗る頃はなかなか座れないほどの混み具合だが、それも途中の急行の乗り換え駅で人はどっと減ってしまう。皆乗り換えるわけではなく、そこで降りてしまうのだ。
 いわゆるベッドタウンといわれるところで、そこからバスに乗れば二十分ほどで住宅地へと向かってくれる。新興住宅地なのだ。
 私はというと、そこからさらに十五分、各駅停車に揺られて降りた駅から徒歩二十分といったところに住んでいる。大学が近くにあり、駅前はそれなりににぎやかなのだが、私の住んでいるあたりはどちらかというと学生アパートに近いイメージの住宅が多く見られるあたりである。
 人が減る頃からまるで測ったように西日の勢いが薄らいで行った。かといってすぐに真っ暗になるというわけでもなく、薄日の状態が続いてたのである。
 私が駅から降り立ったその時間も、この間までならもう真っ暗であった。最近はいつも同じ時間なので、大体感覚で覚えているのである。
 その日は思ったより日が長かった。
――確かに昨日くらいまでは、ほとんど真っ暗に近かったなぁ――
 少し不思議だった。それは日が長いということよりも、いつもならそれほど気にするほどのことでもないようなことを気にする自分に気付いたからである。
 いつも帰宅する時、ほとんど何も考えたことがない。というより、すぐに忘れてしまうようなことを考えていることが多いのだ。その時々で考えていることも違っているため、考えていることさえ忘れているのである。
 ほぼ同じ時間に同じところを歩いている。時々時計に目をやることがあるが、それもいつも同じ場所に差し掛かった時だというのも不思議である。別に意識しているわけではないのだが、大体中間あたりまで来た時にぶち当たる大通りを横切る少し手前、そこが時計に目をやるいつもの場所となっていた。
――ふむふむ、いつもと同じ時間だ――
 自分で勝手に納得する。少しでも違えばどうだというのだろう? 何となく気持ち悪く感じるに違いない。いつも同じ時間であることが、私の一日のリズムの一つになっているのだ。
 だが、その日は少し気分が違っていた。考え事がないわけではない。しかしそれよりも目の前の光景をはっきりと視線が捉えているのである。
 いつもなら漠然と目の前に展開されるだけの風景が、瞼の奥に焼きついている気がしてきて、いつになく歩むスピードがゆっくりだということを自覚している。意識してゆっくりなのかも知れない。
「そんなことも自分で分からないの?」
 そういう声が飛んできそうである。しかし、いつもが無意識な行動なので、いきなり感じろといわれる方が無理な気がしている。
「分からないだろうね」
 落ち着き払った余裕のある笑みを浮かべ、訊ねた人に応えている自分の顔が目に浮かんでくる。
 電車の中ではすでにクーラーが効いていて、人の多い車内は気持ちよかったのだが、途中からどんどん人が減っていった車内では “寒さ”を通り越して、冷たさすら感じるようになっていた。
 私の降りる駅では、ほとんどの人が降りてしまっている。そんな寒い電車から降り立った駅のホームからは、昼間に蓄積した熱気の余韻が残っているせいで、ムッとした蒸し暑さを感じさせられる。
 思わず縞目面になる自分の表情を想像することが容易にでき、さぞかし鬼瓦のような顔になっていることだろう。
 風もなく足元から湧き上がる熱気の気持ち悪さは駅舎を出るまで続いた。一瞬にして吹き出す汗に気持ち悪さを感じる暇もないくらいである。
 風もない状態の駅舎というのは前からのことで、それでも西日が当たっているホームの端の方にある舗装されていないところからは、かすかに湧き上がる砂塵を見ることで、さらに暑さを掻き立てられる。
 思わず口を塞ぎたくなるような砂塵の横を通り過ぎるように駅舎を出ると、なぜかホームと違って駅前ロータリーが急に暗く感じてくる。
 駅前から一本道になっているメインストリートにはすっかり街灯が点いていて、歩道を明るく照らしている。まるで別世界のように感じながら立たずんでいると、駅前に人がほとんどいなくなってしまい、寂しい限りである。
 西の空を見ると、仄かな明るさが残っているだけである。そこには確かに陽が沈んだという形跡が残っているだけで、煌き始めた星がどんどん増えていくような思いの元、空を見上げていたが、すでに満天の空を星が支配していた。
 上を見上げながら少しずつ進んでいく。
 都会から少し離れたところで、近くに山もあるため、このあたりは空気も綺麗で、満天の空が星で埋まることも珍しくない。しかし、私が空を見上げるのは月の綺麗な秋や、透き通った空気を感じる冬が多いため、すぐにオリオン座を探してしまう。
 オリオン座のない空を見上げるのは珍しいことであった。いつもと勝手の違う空を不思議な気持ちで味わいながら、少しずつ歩いていった。
――空が遠く感じる――
 しばらくして、そう感じた。何となく不思議な気持ちになっていた原因はこれだったのである。
 そのためか、気がつけば思ったより先の方まで歩いていた。時計を見ても時間のたち具合が早いのか、先の方まで進んでいる。空も遠く見えるわけである。
 メインストリートを少し歩くと、わき道に逸れて、そこから先は途端に田舎道になる。
ちょうど曲がるところまでやってきていて、後ろを思わず振り返ってみた。
――こんなに遠かったかな――
 いつも歩く道ではあったが、帰る途中で振り返ったことなどなかった。朝、出かけるときに同じ光景を見るだけなのだが、朝と夜の違いなのだろうか、かなり遠くに感じる。
 だから遠く感じるというわけではない。やはりここまで距離を気にすることなく歩いてきたことが一番の原因に違いない。
 何となく妙な気分になりながら、いつものようにいつもの角を曲がった。
 ここから先は急に開けてきて、昼間であれば綺麗なパノラマ風景が目の前に飛び込んでくるはずであった。青い空と、緑で彩られた田園風景は心和ませるものがある、しかし、今歩いているのは夜であり、そんな光景が期待できるはずもなく、どこまで行っても暗い世界が待っている。
作品名:短編集10(過去作品) 作家名:森本晃次