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カケイケンの由紀

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由紀ーと、隣からの母親の声に、ビクンと顔を持ち上げ一目散に帰っていく可憐な少女の姿が、すがれたようなもの懐かしさを帯びて、今も鮮やかによみがえってくる。
僕「立花 学(まなぶ)」と彼女の家、中村家とは隣同士の幼なじみであった。
僕には二人の姉がいるのだが、歳が離れ過ぎていたせいもあり、子供が子供を子ども扱いするといった態であった。
幼い頃に父を亡くして以来、祖母、母親、そして二人の姉達の中で育ったが為、唯一の男子であるにもかかわらず、面目次第もないのである。
なので、僕を兄のように慕う二歳年下の由紀とは、気が合うというか、男子としての面目を僅かに施して貰っているようなものだった。
彼女は両親の秀でたところを存分に受け継いだような容姿で、父親の知的な聡明さと、母親の愛くるしい、輝くような瞳をもち、やや小柄だが横顔のとても素敵な透明感のある子だった。
やがて僕は都心の大学へと進み、寮生活を送ることになるのだが、2年後にあとを追うように、由紀がこの大学へと進学してきたのには驚いたものだった。
と言うのも、彼女は都内でも有数の進学校を首席で卒業するほどの秀逸さで、引く手あまたの進路の中から、わざわざこの大学を目指したのである。
それも難関の理学部、分析化学科と言う僕には恐ろしくも難解で未知な領域であった。なにしろ朝9時から5時まで授業がみっちりと続き、研究室に籍を置くともなると、それこそ化学実習実験などで深夜にも及ぶことがあるとか、それらを黙々と明るくこなしていく由紀には、畏敬の念すら覚えるのであった。
この頃から彼女には、僕に対する何かしらほのかな心映えが生まれていたのかも知れなかったのだが、僕には、そのような異性に対するこまやかなひだを、女系の繭(まゆ)の中で育てられたせいもあり育まれなかった様である。
やがて大学を卒業し、亡き父の勤め先でもあった、警視庁へ入庁を果たし、渋谷警察署地域第一係から、捜査第一課-第四強行犯捜査係を経て、現在の殺人犯捜査第六係へと配属されたのである。
僕は証拠品の担当を任されていたので、押収物や採取した「証拠」などから被疑者を割り出していくため、スマートフォンやパソコンなどのデータ解析及び、血痕、体液又遺留品などがあれば直ちに、専門の部署に鑑定を依頼し、事件現場に残された微かな指紋や足跡、血痕、毛髪、唾液、皮膚片、体液、服の繊維などを照合する場合、より高度な技術を要する鑑定は科捜研(科学捜査研究所)で行い、科捜研でも鑑定が困難な場合は警察庁附属の科警研(科学警察研究所)で行う。
・・・普段は出勤すると直ぐに捜査会議があり、証拠品担当としての業務、休息を挟んでのデータ解析、そして何事もなければ退庁といった一日のスケジュールなのだが、事件発生ともなれば、それこそ捜査が深夜にも及ぶことも度々であった。
やがて二年が瞬く間に過ぎて行き、刑事としての自覚も芽生えだし、由紀もそろそろ就職する頃だろうなと、幼なじみを思いやる心の余裕が生まれて来た矢先、彼女から突然、希望通りの就職先より内定通知が届いたとの連絡があったのである。
その就職先を尋ねると、僕はおもわず息を呑んでしまった。何と、全国四七都道府県に置かれている科捜研(科学捜査研究所)でも難関なのに、由紀はその上の警察庁附属、科警研(科学警察研究所)への入庁を果たしたというのであった。国の研究機関でもある科警研には 年に数名ほどの採用枠しかなく、まず国家公務員採用I種、理工Iまたは理工IVを上位成績で合格することが必須とされていた。主な仕事は科捜研で行う鑑定技術の向上及び新技法の開発などを担う機関で、同じ警察官とはいえ技官の身分なのであった。
僕は就職祝いもかねて由紀を、都内のそれこそグルメブックにも度々名を連ねるレストランに招待したのである。久しぶりに会う彼女はとても見違えるように麗しさを増していた。勉学と実習実験にひたすら勤しんでいた頃の姿を微塵も感じさせず、小柄であった体つきもすこやかに伸びてエレガントな趣さえ漂わせていた。
やがてテーブルに着きソムリエがワインリストを持って来たのだが、僕が躊躇していると彼女はそれとなく察したのか、ひかえめにソムリエと二言三言会話し、手頃なワインをオーダーしてくれたようであった。
やがて注がれたワインをかざしながら、立花 学(まなぶ)「おめでとう由紀ちゃん、じゃなくこれからは由紀さんだね、畏れ多くも科警研の技官になったのだから」「まあ、おにいちゃんったら、・・・じゃあ私も今日からは学(まなぶ)さんと呼ばせてもらってもいい ?」立花 学「そうだね、お互い社会人としてのスタートを切ったのだからね」と、会話が弾む頃オードブルが、運ばれてきて静かにテーブルの上に置かれた。
それは、都心の美しい夜景にも勝るとも劣らぬ目を見張るものばかりで、漆黒とゴールドに縁どられた洋皿の上には、ハート型のミルフィーユに、バラの花びらをあしらったフォアグラムース、パルマ産のプロシュートには、西条産のとても甘い干し柿が添えられ、そして、マイアミの宝石とも呼ばれるストーンクラブ(石蟹)の蟹爪ライム添え、それに猫が佇んでいる姿に焼かれたクラッカーの上には、ウォッシュタイプのチーズと、これはすべて彼女からの教授になるものであった。
彼女の話によると、この猫型クラッカーにはライ麦粉が僅かに入っているそうで、香ばしくて可愛くて食べてしまうのが可哀想と、いとおしげに呟きながらも、僕の分まで食べてしまった。
由紀は、両親の愛情を一身に浴びて育ったようで、この様な場所にも幼い頃よりよく連れられて来ていたそうで、落ち着いているというか自然体であった。
立花 学(まなぶ)「こういう所へ来ると、最初にワインリストが出てくるだろう、ビールとか酒だったら何の事はないけれど、選べと言われてもね、・・僕にとっては、ワインリストではなくワインリスクだよ、ほんとに !」中村由紀「まあっ、おにいちゃんったら」立花 学「学さんじゃなかったの」中村由紀「学さんが面白いことを言うから !」次に、サラダ、焼き立てのロールパン、ライ麦パン、コーンポタージュと続いた。立花 学「このポタージュは絶品だね、家で飲むのとは雲泥の差だな」中村由紀「学さん、それは缶詰の事でしょう ? 同じ味だったら・・・」と怪訝そうにつぶやき、立花 学「同じ味だったら ?」中村由紀「・・失礼しちゃうわ !」立花 学「はは、そうだね」このポタージュは、パルマンティエール(ジャガイモ,ニンジン,豆類などの野菜をいためてブイヨンといっしょに煮込み,柔らかくなったところで具とともにこし,生クリームや牛乳を加えて濃度を調節して仕上げる。) をベースに作られているそうで、これも由紀の教授である。
さて、本日のメインは、150g近くはあろうかと思われる黒毛和牛フィレステーキの登場である。塩 コショーだけでも十分すぎるほど美味しいものなのだが、由紀の希望で、ポルトガル産の甘口サンデマンポートワインにフランス産メドックを加え、さらにフォンドボーで煮詰めたあと、バターでモンテした濃厚なソースが添えられていた。
作品名:カケイケンの由紀 作家名:森 明彦