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慈雨と甘雨 4

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生物が右側の草むらに入り、生命の危機をなんとか脱出できたと安堵していると、次男蟻はまた別の生物の気配を感じた。この気配を感じるという行為は、自然で生きていた他の虫(散歩のときに見つけた虫など)によく見られ、次男蟻はその反応の様子をよく覚えている。あの家のなかで育った蟻には、あの気配を感じるという反応の様子がまったく見られないことも、蟻たちを観察していたときに発見していた。そして、それは自分も例外ではないことにも気づいていた。
だから、この自分の反応に驚いた。これまで自分のものではなかった、生存のための危機管理、反応がいつのまにか自分のものとなっていたのだ。あの生物から襲われたことがきっかけだろう。
そういうことを考えながらも、気配の行方をしっかりと追っていた。その気配の持ち主はしばらくして姿を現した。いい具合に差し込んだ月明りは、木々に邪魔されずにその気配の元を照らし、その小さな体の輪郭を明瞭に現わさせた。
「あり どうした らしくない」
その小さな生物が蝋燭のようなものをもちながら次男蟻に向かってそういった。言葉と言葉の間に間が入る、独特な話し方だった。
「突然、大きな生物に襲われて。あなたが助けてくれたのですか」
「話す ほうほう 変 おまえ この辺 いきもの じゃない」
小さな生物の後ろから同じ形をした生物が六匹暗闇から姿を現し、最初に現れた生物の一歩後ろで待機している。
「僕からしたら、あなたの話し方の方がおかしいのですが、この付近ではそういう話し方をするのですか」
次男蟻の質問に後ろの生物たちが騒めき、各々小さな声で何かを話している。
「おう ここ 生まれた みんな 話す こうやって」
おう、とは返事なのかと思ったが、微妙に伝わってきたニュアンスから、自分たちという意味だと推測した。

「おまえ 変 あり おう たすける おう 蜜 わたす 契約」
後ろの一匹の生物がそういいながら、手元から何かを取りだした。月の向こうから吹いてきた風から、それが甘いにおいを発していることが分かった。
「それが蜜?」
「そう おまえ おう 守る てんとうむし てき」
「なのに おまえ おそわれた だから たすけた いのちがけ 貸し 一つ」

 どうやらこの付近ではこの「おう」という集団を、てんとうむしという、あの大きな生物から守るのが、蟻の役目らしい。その対価に、蟻は甘い蜜をもらう。
 おうたちとしばらく会話していると、おうたちは家に招いてくれた。珍しい言語を話す対象にかなり興味を抱いたようで、家に向かう間もおうたちは次男蟻と会話をし続けた。
「おまえ ここのもの じゃない どこ いた」
「少し向こうに住んでいました」
「違う むら」
「むらとは何ですか」
「むら 知らない」
おうたちは歩きながらざわついていた。漂う空気から、むらというものは知っていて当たり前で、それを知らないということは、知識が大きく欠如していることを示すようだった。博識と言われた次男蟻のラベルは一気にはがされた。
「なぜ むら 知らない おまえ 子供」
おうの言葉の語尾は上がることはなく、疑問詞が見当たらない。ニュアンスから疑問詞があるのだろうと察した。博識の欠落から、次男蟻は無知な子供となったわけだが、同時に、おうたちが知らないことを知っていることに気が付いた。むらは知らない。だが、ヒュウや、ツヒといった存在をおうたちは知らない。
「むらとはなんなんですか?」
「むら あつまり みんな いる」
「いま向かっている家のことですか?」
「いえ ちがう すこし …」
そういうと一匹のおうから連鎖反応的にまわりのおうたちにも沈黙が広がった。どうやらむらと家の区別をうまく伝えることができず、考え込んでいるようだ。おうたちは困ると黙るということを次男蟻は後に紙切れに記した。

「ついた」
先頭を歩いていたおうがそういうと周りのおうたちが一斉に止まり、その静止に次男蟻はついていくことができず、転びそうな体勢になった。目の前にはとくに家らしいものは見当たらず、何かの草が群れをなして高く伸びていた。
「ここが家なのか」
上を見上げていた次男蟻の横を次々とおうたちが過ぎていく。先頭の一匹は草を掻き分け奥に進んでいった。それに続く行列の最後尾に次男蟻も連なった。細長い草と草の間から向こう側が見える。
 草を掻き分け強引に進んだ先には確かに家があった。おうの手元にあった蝋燭が急に明るくなった。十ほどの家が草に囲まれた荒れ地の上に建っていた。その家は確かに家と認識したのだが、次男蟻が知っている家とは明らかに色形が異なっており、その異変に気づくと同時に周りの異変にも気がついた。先程まで通って来た草の道は硬そうな灰色の壁に変わっており、頭上には綺麗な星空に家が一軒浮かんでいた。詳しく見てもその下には土台や大きな木はない。空中に浮かぶ家。
「どうして家が浮かんでいるんだ」
「カガク」
「カガクとはなんなんだ」
「説明 むずかしい みせる」
そういって先頭を歩いていた一匹のおうが足元に落ちていた小さな石ころを拾い上げ、持ってきていた鞄の中から何か瓶を取り出し、その中身の粉末を石ころにかけた。その粉をさっとはらって次男蟻に渡した。
 その瞬間に明らかにおかしなことに気がついた。石ころは小さいとはいえ、硬いはずなのだが、手に落ち着いた瞬間に柔らかさが伝わってきた。その異変に次男蟻は驚いたのだが、おうは別の石に先程と同じ手順を施し、そのまま口に運んだ。咀嚼を繰り返すその顔にはなんの迷いもなく、その味を楽しんでいるように見えた。
「これが カガク 石 おいしくできる」

 次男蟻はそのあとおうたちがいうむらを案内された。異様な光を出す物体や、あの家で固くて有名だった木の実を指一本で押しつぶす様など新知の出来事をさらっと流すように体験した。そのむらを巡っている間、家や道には大勢のおうたちが現れ、滅多にこないらしい来客を物珍しそうに眺めていた。
 大方むらを案内されたところで一軒の家の中の一番(これまで体験したことのない感触だった)柔らかい椅子に座った。出された透明な水はこれまで飲んだことのない、果実のような味がした。おうたちは皆何かを準備しに外にでている。部屋の中に一人残された次男蟻はそばに浮かぶ球体を眺めながらこの短期間に出会った新知を頭の中で整理しようと試みた。いきなりの出来事に頭は当然うまく働かず、目に入ってくる事実を淡々と受け入れることだけを繰り返していたため、一度整理し始めるとその未知は恐怖を運んできた。おうは確かに助けてはくれたが今後もそうなるとは限らない。おうからきいた、蟻とおうとの関係が本物ならば問題はないだろうが。
カガクは想像を軽く越えるもので、カガクとはそういうものの総称だとわかった。家を浮かせたり、石を美味しくしたり、様々なことができる。
一匹のおうが部屋に入ってきた。目の前にあるもうひとつの椅子に座ると、次男蟻をじろっと見てきた。
「おまえ この辺 蟻 じゃない 顔 ちがう」
「なぜ ここ きた」
唐突に話始めたおうは次男蟻の言動に細心の注意を払っているようで、体はすこしこわばっているようだった。
作品名:慈雨と甘雨 4 作家名:晴(ハル)