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秋に舞う

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秋は、見つめていた。容赦なく流れ去る車の群れ。そして、それらを見下ろしながらどこまでも宙を舞った。


 秋は二十一歳である。一浪して東京郊外の中堅大学に進学し、来年で大学生活三年目を迎える。ただし、三年生として、ではない。なぜなら、二年生後期の必修科目を落とし、留年が確定したからである。間もなく、「本当の」二年生としての生活が終わろうとしていた。
 秋は以前から、ふとした瞬間にあらゆる「流れ」から取り残されている感覚を覚えていた。高校生の時、模擬試験に二日連続で遅刻したり、入学した当時、現役生に混ざって話しては、多少の引け目を感じて自分から遠ざけてみたり、……。なんとなく、秋はついていくことができなかった。それでも、それが大きな障害になることはなく、そこそこ充実した学生生活を送ってきたつもりだった。
 秋は朝に弱かった。秋はおそらく、寝る時の自分と、目覚めた瞬間の自分の間に明確な合意を形成することができなかったのだ。スマホの目覚まし機能で何重にもかけたアラームによって目をこじ開けたとしても、そこから始まるのは自分との戦いである。今日はどうしようか、さすがに起きて行ったほうがいいだろう、いや待て、午後からサークルの練習があるし、今日の午前は休んだ方がいいだろう、いやでも……。そうこうしているうちに、午前中の必修科目の開始時間はあっけなく過ぎていった。気づけば後期の終わり頃にして、留年決定のメールと文書を受け取っていた。不思議とショックではなかった。なぜなら、秋の人生においては、いつもこうだったからだ。

 何かを失うということは、それが「必要ない」状態への進化とも言える。果たしてそれが「必要なもの」であったかどうか、という議論は秋にとってさほど意味をなさないように思えた。何かを諦めることができれば、それはもう自分にとって、それが必要なくなった、ということで、秋はいつだって大丈夫だった。
 秋の家の近くに小さな球場がある。地元の小学生や中学生が週末、そこで練習試合をしているのを、秋はよく自転車で通りすがりに見る。留年が決まった日の夕方、秋が自転車でコンビニへ向う途中、小学四年生くらいの少年野球チームと思われる子供たちが試合をしているのが見えた。秋はいつもそうするように、フェンスで囲まれた球場の、三塁側の角の外側に、自転車ごともたれかかってそれを眺めていた。

泥だらけになりながら、必死に走る子供たちを、ずっと眺めていた。

ずっと。

 秋は、気がついた。
 秋は彼らを眺めていたのではなく、自分と彼らの間にある空白を眺めていたのだ。
 一歩遅れてしまった秋は、小さな彼らに対してさえ、その間に陣取っている埋めようのない空白の存在を認め、ただぼーっとフェンスにもたれかかって眺めていることしかできないのだ。秋はそんな自分自身に気づいてしまった。
 秋は家に帰るのが嫌になった。家に帰れば、両親に留年することを伝えなければならない。あるいはもう、彼らは留年決定のハガキを秋の部屋から見つけ出して、悶々と秋の帰りを待っているかもしれないのだ。

 秋は、フェンスをガシャーンと蹴って自転車をこぎ出した。肌寒い空気を切って自転車を飛ばした。コンビニを素通りし、川を横切って、大通りに差し掛かる、そのとき、

 一粒の雪が、秋の目に入った。秋は反射的に目を閉じ、首をすぼめた。バランスを失う秋の身体。しかし、雪など降っているはずがない。よろめく自転車。こういう時、秋は頭の回転が早かった。今は十一月。
「雪虫だ」
 秋がそう言うと同時に、歩道と車道の間の縁石に、猛スピードで走る自転車の前輪がひっかかった。
 秋は、自分の体が宙を舞っているのを感じた。信号は赤。車道に放り出される秋の身体。秋は不思議と恐怖を感じなかった。むしろ、自由を感じていた。秋は並木の枯葉を従え、乾いた空気を操り、波に乗るように宙を舞っていた。どこまでも、どこまでも。

今は十一月。秋はほとんど終わりを迎えつつある。
作品名:秋に舞う 作家名:山川