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短編集7(過去作品)

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見てはいけない



              見てはいけない

「うわ、もうこんな時間だ。遅刻する」
 いつもかけている目覚まし時計を掛け忘れていた。一人暮らしのため、起こしてくれる人もおらず、唯一の頼りが目覚まし時計だけだった。
 私は自分が情けなかった。それは目覚ましがなければ起きれない自分ではなく、目覚ましを掛け忘れてしまった自分にである。
 最近、仕事が忙しく、帰ってくる時はほとんどクタクタで、扉を開ける時など放心状態になっていることがない。そんな状態なので、目覚まし時計がなければ起きられないことは仕方ないことであり、それよりも掛け忘れたことの方が私には重大であった。なぜならこれからもずっとお世話になる目覚まし時計なので、また同じことが起こらないとも限らない。それが私には怖かった。
 情けなさを胆に銘じながら、まだ疲れの取れない体に鞭打つように起きてきた。
 普段から家で朝食を摂ることなどあまりなく、一刻も早く出かけることにしていて、朝食は途中の駅でパンを買うといった毎日が日課となっている。
朝起きてすぐだと胃の調子から、考えても食べ物を受け付ける気にもなれず、もちろんゆっくりと朝食を作っている暇もない。目覚ましの音の勢いとともに飛び起き、そのままのリズムで着替えると、支度をしてそそくさと出かけていく、そんな毎日だった。
その日は特にまだ目がはっきりと覚めない状態で家を出ることになったので、却ってあわただしさを感じることなく出かけられた。しかしそれでも落ち着いて忘れ物チェックをしてすべて揃っているのを見た時、我ながらしっかりしていることに感心させられてしまった。
「ふふふ、意外とそんなものかも知れないな」
 勝手に思い込み、思わず苦笑してしまった。
 春も近いというのにまだ肌寒く、駅へと向かう道を乾いた風が吹き抜けていく。コートの衿を立て、肩を竦めながら歩いているのは私だけではなかった。
 いつも見慣れた駅への道、歩いて十五分程度とあまり近くはない。何ヶ所か角を曲がらなければならず、思ったより距離を感じている。しかし線路が見えてからは一直線に線路沿いの道を歩けばよく、見えている駅を目指すだけであった。
 線路沿いの道まで来るとさすがに人も増えてきて、いつも同じ人を見かけながら歩くことになるのだが、その中でも気になっている人がいるのだ。
 その人は男の人でいつも私の前を同じくらいの距離を保ちながら歩いている。
 どちらかというと碇肩で、いつもポケットに手を突っ込んで歩いているといった特徴のある人である。だがそれだけで気になっているわけではない。
決してこちらを振り向くことのないその人との距離は、こちらが少しでもスピードを速めても、なぜかその距離が縮まろうとしない。早歩きをしているわけでもなく、歩幅が極端に広くなっているわけでもないのにと、自分の目を何度疑ったことだろう。果たしてそんなことが信じられるであろうか。
その人が気になり出したのはここ一ヶ月くらい前からのことである。
朝の通勤といえば、ただ駅まで向かう毎日が次第に億劫になっていくだけだった。毎日毎日が少しずつ長く感じられるようになっていったのだが、それが一ヶ月経ってふと前のことを振り返ると、本当に長く感じられるのか疑問だった。
ただ毎日の生活のリズムというだけで、マンネリ化が招く心理現象に他ならない。
そんな時、ふと見かけたその男が気になり始めたのだが、最初はマンネリ化を解消するだけの目的で、ただ見つめているだけだった。それがこれほど気になり始めたのは、いつ頃からだったのだろう? まるで追いつけないのに、その背中をムキになって追いかけた時期さえあった。
大人気ないその行動はさらに気にしなくてもよいことまで気にさせるようになった。その男の後ろ姿をどこかで見たような気がすることを思い出させたのだ。
最初、それがどこだったか思い出せなかった。あと一歩というところまで記憶を引き出したのに、そこから先が出てこない。苛立たしさがさらに自分を追い詰める。
コツッコツッという乾いた靴音が響く中、まったく変らないそのリズムはまるで催眠術に掛かったかのごとく、私の記憶を闇の中へと封印させていく。
そういえば、その昔まだ私が小さかった頃、よく父親の背中を追いかけたのを思い出していた。がっちりした体格の持ち主だった父親は歩き方も堂々としていて、後ろ姿を見ながら歩くのが好きだった。
「もっと前を歩けよ」
 そうよく父親に言われたものだが、そんな時いつもはにかみながら照れ笑いを浮かべ、
「う、うん」
と言いながら渋々横を歩いたものだった。
 最近よく見るその男性は、父親の背中とはまったく違うかんじなのだが、なぜか気になってしまう。時々、男性の後ろ姿を無意識に目で追っていることがあるが、それが父親の背中を意識してのことだということを、通勤途中で見る男の背中は私に気付かせてくれたのだ。
 私の父親は三年前に他界した。あまりにも突然だったのでしばらくはまだ、そのうち私の前にひょっこり現れるのではないかという錯覚があったほどである。
 しかし私と違って母親の落胆はかなりなものだった。それまで年よりかなり若く見られることの多かった母だったが、その頃を境にしてみるみる老けて見えるようになった。ずっと一緒にいた私でさえそう思うのだから、たまに会う人は別人では? とまで感じる人もいたかも知れない。それほど一気に老けていた。
 それも無理のないことだった。一生懸命に父を支えてきた母にとって、生きがいを失ったかのごとくであり、その後しばらく抜け殻のような放心状態である母を見つめるのが辛い時期もあった。
 そんな母がその後生きがいとしての対象を私に移したのは、それなりに仕方のないことかも知れない、
 私が、就職してから転勤で家から出なければならなくなった時の母の落胆は、それはもうすごいものだった。
 残していく母が心配ではあったが、心の中では初めての一人暮らしにワクワクするものを感じ、不安の中に期待を抱いての一人暮らしとなった。
 だが私もさすがにご多分に漏れず、いわゆる「五月病」に掛かった時期があった。サクラの時期を過ぎ、道路に散った花びらが靴で踏みにじられ汚くなっているのを見ていて、何となく虚しさを感じさせられた。
 まだ肌寒さを感じる朝など、寂しさで辛くなる毎日だったのだ。
 あれから一年が経とうとしている。会社にも慣れ、仕事も何とか先輩からの文句もさほどなくなってくると毎日の生活にも余裕が出てきた。
 一日一日のリズムを大切にしながら、一つでも新しい発見をしようと心掛けながら生活していると不思議と毎日が短く感じられる。それだけ充実しているからに違いないが、平凡な中に喜びを得られる毎日が素晴らしいという実感まで持つことはなかった。
「刺激が足りないんだろうな」
 どうしても何か物足りない気がして仕方がない。刺激などなくとも平凡な生活に満足できそうなものだが、なかなかそうは行かない。
 その一番の理由に「孤独感」が挙げられるであろう。
 平凡な毎日という中で「出会い」がないのが一番引っかかっているところだった。
「彼女がほしい」
作品名:短編集7(過去作品) 作家名:森本晃次