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泡沫

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「いや、知らなかった。でも、挨拶はしたよ。清水さんっていう子だよ。」
「あんな子いたっけなあ……。」
「どうだったかな。」
俺も考えてみた。少なくとも昨年度までは同じクラスの子ではない。編入生の説明もなかった。じゃあやっぱり、1年の頃には見かけなかった人か。あるいは……。つらつらと考えていたらラーメンができていた。気づいたときにはもう遅かった。俺のナルトが渉のラーメンの上に移籍している。……やられた!

 ラーメン屋の前で渉と別れると、俺はぶらぶらと歩きだした。学校から家までは15分くらい。でも、帰ってもやることがない。今日はせっかくすっきりとした天気だからぶらぶらしていても心地よいだろうということでテキトーに歩く。学校から駅へ向かう道は、生徒を含め人がいくらかいるが、少し横に外れると急にしんとする。きっと生と死は共存しているのだろう。広がる田畑に日が射している。今年は豊作だろうか。足元の草で羽を休めていたモンシロチョウがひらりと空高く舞い上がった。永遠の春の訪れであった。
 家からはだいぶ離れた小川まで足を運んでいた。せせらぎの音が遥か遠くから川にその身を委ねて運ばれてくる。ひとつの異空間であった。小川の両岸にはサクラソウが咲いている。ただそれだけであったのに、なぜだかふっと涙がこぼれそうになる。視界が潤んで前がよく見えなくなったから、少しの間目を閉じて川のせせらぎに耳を傾けてみる。……だんだん気持ちが落ち着いてくる。清らかな水が体のなかに流れ込んでくるようで、心地良い。
 どれくらいたったろうか、ゆっくりと目を開ける。すると驚いたことに、川辺に彼女がたたずんでいた。いつからいたんだろう?彼女は小川に手を浸して何か物思いに耽っていた。そんな彼女をはっきりと認めたとき、またしても俺のなかに、あの透明な澄んだ声が響き渡ってきた。
 彼女はこちらに全然気づきそうにないので俺から声をかけるしかない。正直声をかけようかどうか迷った。でも、こんな偶然はない。彼女に近づこうとしたとき、河川敷の石につまずいた。その音で彼女ははっと我に返り、俺の方を見た。その瞳がきらりと光っていた。彼女は驚いた様子もなく、ただこちらをじっと見つめていた。
「来たんだ。」
暫く時がたって、彼女はそう言った。俺はゾクッとした。
「暇だからさ。」
そう答えた俺は混乱していた。もはや会話にもなっていない。「来たんだ。」とは何を意味しているのだろう。彼女は初めからすべてを見通していたのだろうか。いや、まさかそんなことはあり得ない。俺にしたって自分がここまで足を運ぶだなんてさっきまで思ってもいなかったのだから。
「清水さんはここで何してたの?」
彼女はしゃがんだまま水に手を浸している。
「わたしも暇だから。」
そう言いながらじっと川の流れを見ている。
「清水さんは地元の人?」
あんな子いたっけなあ……。渉の声が反芻される。
「そうだよ。でも君とは違う中学だよ。」
地元には中学校は2つしかないから俺とは違う中学校だったってことか。……えっ?
「どうして俺が地元の人間だってわかったの?」
すると彼女はフフフと笑った。あのお転婆がまた表に顔を出した。
「わたしは別に君が地元の人だとわかったわけじゃないよ、さとーくん。」
魅惑的な瞳をこちらに向ける。……近い。いや、俺が近づいているのか?
「ちょっとなにー。人の顔じろじろみてー。」
そういうと彼女は川の水で濡れた手を俺に向かって払った。冷たい水しぶきが顔にかかる。日が落ちてきていた。いつの間にか真っ赤な夕焼け空が下りてきていて、赤い光をたっぷり吸い込んだ水滴は、迫り来る何かに怯えるようにしてその姿を隠した。
「もう暗くなるね。」
うん。と彼女はうなずくと、
「帰ろっか。」
と、ぽつりとつぶやいた。そうして立ち上がると彼女はよろめいた。
「足、しびれちゃった。」
「大丈夫?」
「へーきへーき。んーでもちょっと待って。」
「全然大丈夫じゃなさそうだけど?」
「大丈夫なのです。ほら!」
彼女はしゃんとした姿勢をとった。
「じゃあ帰ろうか。」
「いじわる。」
「まだ足ががくがくしてるね。生まれたての小鹿みたい。」
笑いながらそう言うと、彼女はむーっと膨れっ面をしてみせたが、すぐに顔をほころばせてアハハと笑った。
 足の痺れが治まってから二人して帰った。帰り道はとりとめのない話をした気がする。背高いね、身長いくつ?とか、あのテレビ番組が面白いとか、そんな感じ。ちなみに彼女の背は154センチで、俺の背は173センチだから、だいたい20センチ差だ。
 彼女とは駅前の道で別れた。また明日ね。と言ってくるりと背を向けて行ってしまった。彼女の小さくなるのを見届けてから、俺は自宅の方向へと足を向けた。その瞬間、何かがふっと浮かんできたが、すぐに消えてしまった。現実へ引き戻されてしまったように感じた。

 次の日から学校は通常授業だったけれど、俺の頭は何かもやもやしていて通常じゃない。そんな状態のまま教室に入る。
「おはよう、啓。なんだよ、浮かない顔して。」
いつも以上にボーッとしてるぞと、目覚まし時計以上にでかい声で渉が迎え入れる。
「ん?そうか?」
と生返事する。その時には視線は渉から外れてはっきりと彼女に向けられていた。俺の席の横で何か書いている。おい熱でもあるんじゃねーのかという渉の心配をよそに、俺は自分の席へ歩いていった。せめてこっちから挨拶したかった。
「清水さん、おはよう。」
できるだけにこやかに話しかけた。彼女はさっと顔をあげて、
「あ、おはよう。」
と言った。俺は彼女が何を書いていたのか気になってはいたけど、彼女はそれを心持ち隠すように腕で包み込んでいたからよくわからなかった。それでもその澄んだ声を聞くことでかなり頭のもやもやは取れた。
 結局授業が始まり、昨日会ったことの話はできないままだった。そういえば、彼女は見るたびに一人だった。友達はいないのだろうか?そんな風には見えないけど……。帰るときも渉の世間話に付き合っている間にもう教室からいなくなってしまっていた。
「俺らもそろそろ帰ろーぜ。」
渉は自分の世間話にも飽きたのか、うんと背伸びをする。俺はカバンに教科書とかを詰め込む。
 パサッと1枚の紙が机の中から落ちた。見覚えのない紙……、いや、見覚えがある。彼女が隠していた紙だ。でもなんで俺の机に?
 鼓動が早くなる。渉に見られたら大変だ。とにかくその紙もカバンに詰め込む。幸い渉は気づいていないようだ。呑気に口笛を吹いている。てか、口笛まで馬鹿みたいにでかいのだが。
「おまたせ。帰ろう。」
とにかくあの紙は家に帰ったらじっくり読もう。帰り道で渉は何かべらべらしゃべっていたが、あれだけ声が大きいのに、まったく内容は入ってこなかった。

 家に帰るとさっそくカバンから例の紙を取り出す。ぐちゃぐちゃだ。焦ってあれもこれも詰め込んでしまったのが原因だが、とにかく読めればいい。ごくりと息をのむ……。そしてゆっくりと紙の上に目を落とした。
「佐藤くんへ
突然のお手紙すみません。いろいろ考えてみたのだけれど、結局こんな原始的な方法しか思いつかなかったので、ベタだけれど手紙ひとつで許してください。
作品名:泡沫 作家名:大文 学