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ミチシルベ

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19事務所

 季節は夏至も近づき朝から山とこの周辺は生の気で溢れている。今日もいい一日になりそうだ。
「おざまーす」
 岸場は元気よく声を出して事務所の扉を開けた。先にいるのは相棒の松沼達郎と彼の愛娘で事務取扱いの志織だ。事務室はこれで全部、今日も変わり映えのないいつもの一日が始まる。
 デスクに置かれたコーヒーカップを左手に取って一口、岸場は窓の向こうに目を向けるとやかましい程の蝉の声がハウリングしている。そして、その横の壁、何もない白いだけの壁を見て岸場の時間が止まった。
「どうされました?センセイ」
「事務所の、この壁。どこか殺風景だと思わないか?」
「結局何が言いたいのですか」志織は勘のいい子だ。口に手を当ててクスクス笑っている「何を、持って来られたのですか?」
 そう言って志織は岸場が持ってきた丸めて棒状になった紙の筒を指差した。
「これを壁に貼ってみようと思うのだが」
 岸場が広げて見せたのは引き伸ばされたポスター大の写真だ。そこに写っているのは20年前のあの日、世界の頂上で撮られた五人である。
 前列中央で国旗を持つ岸場と両脇にいる松沼達郎と市島 静、そして後列にたつシェルパのツォンとテンゲンの父。この時点では五人は世界の頂点に立ち、今までの疲れと苦労を忘れいい笑顔を見せている。

   まさに、天に立った瞬間だった――。

「わあ、いいですねえ」
 志織は両手を後ろに回して写真をまじまじと眺めた。 
「ほお――、吹っ切れましたな、岳さん」ニヤリとしたのは達郎だった「あとのことは抜きにして、あの頃を良かったと言えるようになったではないですか」
達郎も娘に並んで腕組みをして昔の自分を見つめていた。
「そうだ。それはそれで、この写真はここに置くべきと思ったんだよ」
 岸場が言うと達郎はうんうんと頷いた。
「ウチら全員が写真に写ってるしな」達郎は笑いながらあの時の自分が手にした写真を指差した。
「ホレ、ここに志織もいるじゃないか」
「はっはっは、あの時はかわいかったもんな、志織ちゃんは」
「もう、センセイ!私は今もカワイイですよ――冗談ですけど」
ふてくされた志織を見て二人は笑いだした。
「二人とも、今日までに原稿書いてくださいね。来週は富士山で現地指導ですからね!」
「ハイハイ」
 二人の登山家はまだ20過ぎの娘にうまく操られている。これもこの事務所の日常である、彼女も立派に成長したことの証だ。
 写真に写る過去の自分達や行動を共にしたシェルパたち、そして――ミチシルベとなった市島 静も岸場たちを見て自分達を高い高いところから激励してくれているように見えた――。
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔