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ミチシルベ

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12シェルパ

 ネパールに到着し、高地適応のトレーニングをしつつ岸場たちは山を目指した。予定より数日早くベースキャンプ入りをしたが、今回は誰も体調を崩すことなくすべてが順調だ。久々に高地入りした岸場も松沼や晋作に助けられ今のところ大きなトラブルはない。
 出発の前日、アタック隊の三人に加えて現地のシェルパ、ツォンとテンゲンの二名を交えてミーティングを行った。
 ツォンとは旧知の中で、20年前サガルマータを共にしたシェルパである。当時は10代の新米シェルパだったが、実績と経験を重ね、8000メートルを越える世界では有名な男となった。テンゲンは同じく20年前に岸場たちとサガルマータを共にしたもう一人のシェルパの長男だ。現役を退いた父の背中を見て成長し、ツォン曰く若手のホープである。
 とにかく、岸場隊にとっては頼もしい案内人であることには間違いない。
「これからの天候はどうだろう?」
「いやあ、今年は気持ち悪いくらいいい天気だ。風さえ注意すれば問題ないだろう」
 テンゲンの言うのは山頂の話、岸場たちが聞いた場所はそこだけではなかった。
「ガクさん、あなたの言うのはそこじゃないのでしょう?」
割って入ったのはツォン、彼もあの場所で岸場たちと同じ経験をした。
「そうだ」松沼は返事をした「あれは、やっぱりそのままなのかい?」
 ツォンに質問すると、あの時と思わせる同じ仕草で頷く。
「あれは、私たちの間でも『日の丸ポイント』と言っている。あれは山頂に行く道しるべになっている」
「役にたってるんですねえ」
口を挟んだのは晋作だ。叔母が今も活躍していることに感嘆する。
「彼は、彼女の甥なんだ。我々はその姿を親戚に確認してもらう必要があると思うのだ」
「そうだな……」ツォンは晋作の目をじっと見つめると晋作はその眼力に後ずさりした「ガクさんがいいというのならみんなで行こう」
ツォンはそういってテントから外に出て山頂の方に目を遣った。ここから見える向こうの向こう、そのまた向こう。世界で一番高い峰の先がかろうじて見える。
「見えるだけでも我々は運が良い、今日は雲が少ない。あの時と同じだ。だが……」
「わかってるよ」
 岸場と松沼は条件反射のように答えた。山の天気はすぐに変わる。20年前もここでの天候は雲ひとつ無かった。しかし上るにつれて荒れ始め、最後には生死を分けることになってしまった。彼の言葉の意味を忘れたことなど一度も無い。
「今度こそ、彼女に会いに行くのだ……」
 岸場ははるか先に見える山の向こう、雲の向こうに自分の目を飛ばしてみた。 
   その時、雲がきれいに散ってゆき、その頂きが目の前に見えた――。
作品名:ミチシルベ 作家名:八馬八朔