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短編集5

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ターニングポイント



               ターニングポイント


「太陽が同じ時間、同じ位置にあることが当たり前のように思っていないか?」
 会社でもウンチクを傾けるのが好きな清水が私に言った。唐突だが、彼の話には妙に説得力があり、それから先を聞きたくなる。
「唐突だな、太陽が動いているんだから、当然じゃないか?」
 思わず苦笑してしまった。
 いつも彼の話は唐突である。
 それくらいのことは清水にも分かるはずである。彼にはそこから先に、何か思惑があるのだ。
「ああ、もちろんそうさ。でも、昔の人が太陽の位置で時間を知ったように、毎日似たような位置にあって当然のように思っているってことさ。止まっているように見える太陽だって、少しずつ動いているんだからね」
 私は清水のこんな話を聞くのが好きである。いや、一緒にするのが好きと言った方が正解かも知れない。したがって今夜一緒に呑みに行こうと誘われた時、
「よし、来た」
 と言って二つ返事で引き受けたのも、そのためだった。
「知ってる店があるんだ」
 そう言って連れて行ってくれたのが、スナック「ネオン」である。
 今まで何度も一緒に呑んだことがあるが、一度として同じ店に行ったことがない。
「いったい、何軒店を知ってるんだい?」
 何度も同じことを聞くが、不敵な笑みを浮かべるばかりで、そんな清水をある意味頼もしく思ってしまう私も付き合いがいいのかも知れない。
 連れて行ってくれる店は、スナックからバーそして居酒屋と、その幅は広い。
 清水は、会社でもセンスのいい方だ。
 ワイシャツにしてもいつもカラーワイシャツを着ていて、一見プレーボーイ風にも見えるが、その実神経質で、いつもいろいろなことを考えていないと気がすまないタイプだ。そのためか、友達は多くても、実際に仕事を離れて付き合ってくれる人間は限られているらしく、その中でも一番付き合いがいいのが、この私ということになる。
 それはいつも清水から聞かされている。
 ありがたがられると、さらに付き合いがよくなり、自然と交流も深くなってくる。ここ最近仕事が終わって気がつけば、清水と一緒にいることが一番多いようだ。
 神経質な清水から、何度か悩み事も聞かされたことがある。ウンチクが好きで、いつもいろいろ考えている人にありがちなのか、悩み事というと恋の悩みが多いようだ。
 今までに女性と付き合ったことがないと言っていた。最初は本当だろうかと思っていたが、話を聞いているうちにまんざら嘘でもなさそうに感じられる。特に女性に対しての考え方が大人になりきっていない、幼稚なところがある。女性に話しかけるのを躊躇してしまうところも頷けるというものだ。
 女性に対しての知識や気の遣い方が分からないうえに、ウンチク好きとなれば、女性も敬遠してしまうだろう。しかも清水の場合、その雰囲気が表に出ていて、女性社員の間でも相手にされない男性として位置づけられているようだ。
 だが神経質とはいいながら性格は穏やかで、落ち着いている。それは実際に付き合ってみないと分からないことで、私も最近分かってきた。そういう意味では損をする性格なのかも知れない。
「俺、最近彼女ができたんだよ」
「ほう、良かったじゃないか」
 清水の口から初めて「彼女」という言葉を聞いた。だが、さぞかしうれしそうな顔をするだろうという思いとはかけ離れたものが、清水の表情に浮かんでいる。
――苦虫を噛み潰したような表情――
 明らかに戸惑っているようだ。
「そうでもないんだよなあ、分からないことだらけで」
 ため息が漏れている。
「みんな最初はそうだよ。特に奥手の清水だからな。相手の女性は知ってるのか? 清水が始めて女性と付き合っているということを」
 確かに年齢を重ねれば重ねるほど、初めての付き合いは厳しいかも知れない。相手が年齢を考えながら、ある程度話をするからである。
「知っているんだけどね」
 今まで女性と付き合ったことがないというだけに、どう付き合っていいか迷っているのかと思いきや、
「いや、付き合い方は別にぎこちないわけでもないし、普通の付き合いなんだよ」
 と清水は続けた。
 何とも煮え切らない様子である。いつものウンチクを傾ける時の歯切れの良い受け答えではない。
「いったい、どうしたんだい?」
「ああ、付き合っている彼女なんだが、なぜか俺のことを良く知っているんだよな」
「それはいいことじゃないか」
「いや、俺も最初会った時に、以前にどこかで会ったようなっていう感覚があったんだけど、彼女にも同じような思いがあるらしく、いろいろ話しているうちに俺しか知らないはずのことを言い当てるんだよ。何となく気持ち悪い気がしてね」
「夢で見たんじゃないかい? 正夢っていうこともあるじゃないか」
「確かに夢らしいんだが、それにしてもかなりリアルなんだよな」
 清水は正夢や予知夢というものを信じやすいタイプである。しかしその彼が気持ち悪いというのだから、きっとかなりリアルな会話があったに違いない。
「それにもう一つ気になることがあるんだ。これは俺の方が感じていることなんだけどね。
実は彼女と一緒にいる時の時間の感覚が極端に違う時があるんだ。まるで時間に濃さがあるような感じで、漠然と長く感じられる時もあれば、あっという間という時もある」
「それはデートの内容じゃないのか? 楽しければ短く感じるし、ダラダラしていれば長く感じる。仕事や私生活でもそうじゃないか」
「うん、確かにそうなんだけど、それとは感覚が違うんだよね。しかも時間が短く感じられる時というのは、以前にも同じようなシチュエーションがあったと感じる時なんだ」
「彼女にはそのことを話したのか?」
「ああ、話してみた。彼女も同じような思いがあるらしいんだ。だからこそ変だなと思ってるんじゃないか」
 ウンチクを傾ける時、いつも話しているような内容だったので、普通ならいろいろな発想ができるだろう。しかし、ことが自分のことだけに意外と分からないのも肯ける。清水は思考回路が混乱しているに違いない。
 そういえば、私にも同じような思いがあったことを思い出した。
 清水に言われて初めて思い出したのだが、あれは小学校の頃だっただろうか。
 私は父親が転勤の多い仕事だった関係で、すぐに転校を余儀なくされた。長くても二年、早ければ半年も掛からずに転校させられることもあったくらいである。
 もちろん、友達が一定するわけもなく、クラスメイトの顔と名前が一致する間もなく、転校して行ったものだ。それでも人の顔を覚えることが苦にならない方だったので、数人の印象に残る顔は、いつまでも忘れないでいた。
「あれ? 君は」
 いくつか前の学校で友達だった人にそっくりな人がいた。思わず声を掛けてしまったが、どう見ても前の学校での友達だった。雰囲気が似ていることもさることながら、私を見つめる目が、私を知っているその友達だったのである。
「はい? 何か?」
 思わずカルチャーショックに陥ってしまっていた私を現実へと引き戻したのは、その冷静な受け答えである。
 だがその目には何か含み笑いのようなものを感じ、私を知っているかのようである。
作品名:短編集5 作家名:森本晃次