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 真っ暗で何も見えない中で私はなぜかキャンドルを箱から取り出し、横たわる私のすぐそばの地面と思われる場所に置いていた。その一連の動作は私の意思は全く関与しておらず、自然と手が伸び、自然とそうしていた。心からそうしたかったから現れた動作ではなかった。習慣的な、勝手に手が伸びていく煙草のようなものだった気がする。置いた場所すらどこかわからず、ほんの少し意識をキャンドルから離せば、忽ちどこにそいつがいるかわからなくなるようなそれくらい無意識の中で生まれた動作だった。舞台のように足元に目印はない。本当に暗闇で、なにがどこかわからないこの場所に生まれた確かな存在は、先ほどの鞄と煙草に比べて影が濃く思える。無意識の中で生まれたものが強い自我と言おうかそういうものを持つという矛盾するようなことが起きている。
 これから起こることを体の左側を床に押し付けながら想像していると、キャンドルに火をつけるという仮定がでてきた。周りには光が一切ないため、キャンドルの火は宙に浮いているように見えるはずだ。今、ここで火をつければ、火柱はどの方向に立つのだろうか。もし、ここに電気が通っていて、いつもの部屋なら、何の迷いなくまっすぐ天井に向かうだろう。この世の理を覆すほどの非日常はこの部屋にはない。私の妄想もそこまでの力は持たない。せいぜい夢の世界の中でのみだろう。だが、今日は違う。過去最大の妄想を繰り広げるための舞台がほぼ完璧に揃っている。視界は黒一色で、聴覚はほかを排除し、嗅覚もおそらくどこかに行ってしまっている。この環境ならば、このキャンドルはどんな様子を見せるのだろうか。このキャンドルには目もなければ鼻もない。私が持っているものの多くを持っていない。ならば、この暗闇をいつもの部屋と勘違いしていつも通り自分の真上に火を噴くだろうか。はたまた、私の意思に干渉され、私の真上、つまり、床に平行に火を見せるのだろうか。キャンドルは自分の意志でこの暗闇に現れたものだったので、私の今の弱い意思に左右されるとは考えにくいが、逆に、この妄想の空間で普段の理に従うとも考えにくい。さあ、どちらに転ぶのか。
 ただしかし、その答えを見ようにもここは暗闇で、さらにライターがいないのだ。火が付けばその様子は見えるだろうが、その様子の始まりの一瞬は見えない。全く関係ないが、ひがつくという言葉のつくだが、着くや、付く、点くとたくさんあるが、一体どれがこのキャンドルにはふさわしいのだろうか。少し謎である。
 
 そうこうしているうちに、だんだん肩が痛くなってきた。横向きに床にずっと横たわっていたからだろう。昔、アーチェリーで痛めた左肩は少し強く圧迫されるだけで悲鳴を上げる。何もない健常な右の肩との差がどうも自分の体とは思えないようになる。左は、どこかからか自分ではない誰かの物で、接着剤や溶接か、そういう何かによってくっついているとか、そういう妄想を普段繰り広げるならば、やれ中二病だ、なんだと非難されるが、この暗闇の中では何も問題はない。私しかいないのだから。厳密にはキャンドルもいるが。
痛くなった肩をかばい、どうにか横になる向きを変えようと体を動かす。どうも捉えられないキャンドルとは反対の方を向くのだ。さあ、動け。脳に送ったはずの命令信号はどうにも渋滞に巻き込まれたのか、うまいこと伝わらない。クッションはいつの間にか遠くに行ったようで、体はもうずっと硬い木目調(と記憶している)のフローリングに接する。肩甲骨やその他の名前のわからない骨を圧迫し、時に痛みを見せた。暗闇の中で広がるおそらくフローリングからの痛み。存在を確かめていなかったフローリングがそこにあると気づいた瞬間で、私の行動、妄想によって様々なものが舞台に登場してきた。次は何だろうか。

 何とか向きを変え、痛いと泣く肩を押えながら暗闇を見つめる。ほんの少しの移動、それなのにかなりのエネルギーを使ったようで、また腹が空いてきた。それまで全く感じていなかった自己の体の欲望。すべて妄想で思い通りになるこの暗闇で、私の欲望は満たされていなかったようだ。少なくともこの暗闇は私の空腹を満たせない。しかし、ここには食物はない。あるのはどこかに行った鞄と煙草の面影と暗闇とキャンドルとフローリングと…。いつの間にか増えてきて、例を挙げるとなんだがすっきりしない数まで増えていた。人によってその数は異なるだろうが、私にとっては三つくらいまでで、今この状況は落ち着かないものであった。一つどこかにやってしまえば楽になるのだろうが、そんな気力はもちろん起きず、ただ、向きを変えずに寝ている。

 背中の方に何かを感じて無意識に閉じていた眼を開けた。延々と続く暗闇ではどちらでも変わらなかったからだ。開けておく力を使うことを面倒に感じていた。無気力ながらもなんとか開いた目に何かが飛び込んでくる。物体か、目が痛い。何か、暗闇以外の何かがぼおっと見える。久しぶりに感じた見えるという感覚は初夏の羽虫の大群が目や鼻に入ったときに感じるものとよく似ていた。左肩が痛い。それと同じものが目に走る。神経を傷つけるのはおそらく光で、私の少し前の記憶から類推した。覚えていることはたくさんあるのに、そのどれもがこの暗闇では全く役に立たず、今回初めて役に立ったのが何とも普遍的で、でも日頃は何とも感じない光というのはどうも作られた物語のようで、私の暗闇に神に近い何かがいて、私を物語に当てはめているのではないかと嫌悪感が広がる。私が暗闇で物語をつくるのを誰かが作っている。支配された関係図が頭に広がる。
 しかし、おかしなことがあるものだ。この暗闇を作ろうとしたとき、あらゆる光は消した。時計の針の蛍光色を嫌い、スマホは電源を切った。他に光を発するものはないはずだ。それでは何が私の後ろで光っているのだろうか。ほんの少し、恐怖を覚える。私の管轄外の何かがいる。ゆっくり後ろを向こうか。しかし、体を動かす気力はない。腹も空いている。左肩も痛い。一人、暗闇の中心でいたはずなのに、いつの間にか暗闇に光が生まれ、部屋のほんの少しを照らし始めた。向こうにクッションの輪郭が微かに見える。暗闇の中では全く起きなかった気力と言おうかそういうものが姿を現した。急にだ。言葉通り、急。

 まだ痛む左肩を床につけるように、体を反対に向けるとやはりおかしなことに光が、火があった。一色ではない、複雑な青い蝋の上でゆらゆらと揺れることなく、直立した火柱。しかし、それ自体はさっきの光の正体ということで、別段おかしなことではないと私は感じた。そこではない。その火の回りが全く照らされていないのだ。火の、ほんの、ほんの少しの周辺だけ明るく、他はさっきまでの暗闇と変わらない。クッションを照らしていた微かな光の正体はこの火ではないのか。
作品名: 作家名:晴(ハル)