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               第一章 自殺

 桜井楓がこのマンションにやってきたのは、五月も終わりかけの暑い日のことだった。引っ越し業者がテキパキしていたおかげで、実際の引っ越し作業は午前中までに終わったおかげで、夜には何とか部屋の形を保てるほどに片づけも終わった。誰かが引っ越しを手伝ってくれるわけではないので、一日で部屋の体裁が整うほどに片付いたのは、予定よりも早かったと言えよう。
 ちょうど土日を含めて、火曜日まで休みを取っていたので、引っ越し手続きなどの役所関係は最後の日でもいいということで、一日で体裁が整ったおかげで、二日目以降にかなり余裕ができることになった。
 それは時間的な余裕だけではなく、精神的にもかなりの余裕を与えた。ただ、楓は余計な余裕を持ってしまうと自分に甘えてしまうところがあった。特に時間的に余裕があるというときほど、精神的に余裕があるのを自覚していることで、その甘えはさらに強くなるのだった。
 時間配分が苦手なくせに、時間配分を得意だと思っていることで、得てして時間的に余裕がある時でも、最初は大体慌ててしまう。慌てることが功を奏することもあり、順調にいけば、予定よりもかなり早く終わってしまう。
 しかし、先が見えてくると、そこから先の時間配分に関しては誰よりもうまく調整できる。最後の帳尻合わせがうまくいくことで、
――終わりよければすべてよし――
 楓はいつも順調に物事をこなすことで、無難に今までの人生を乗りきってきたのだ。そのことを知っている人はあまりいない。楓は会社でもあまり人と馴染んでいる様子はない。元々彼女は自分のペースでコツコツとしか仕事のできないタイプだった。時間配分が苦手なところばかりを最初に見せつけているので、誰も彼女と協調しようとはしないのだ。それでも最後はうまく行っているのだから、まわりの人が近寄ってこないのも無理のないことだ。
「桜井さんが、最後にもたつくようなら、私たちが協力すればうまく行くように感じるので、協調性さえ持ってくれれば、うまく付き合っていけるのにね」
 と言っている人もいたが、それは最後にはうまくこなせてしまう彼女に対しての嫉妬も若干あったのかも知れない。会社というところ、しかも、女性だけの世界というのは、傍から見ているのとでは中身はかなり違っていることが多い。
「女の子が集まると、何を考えているか分からない人たちばかりに見えてくるよな」
 と、口の悪い男性社員は、飲み屋などで、そんなことを口にしながら、女性社員を肴に酒を呑んでいたりするのを、女性社員は知る由もないだろう。ただ、男性社員もすべてがそう思っているわけではなく、一人が言い出すと、そんなことを思ってもいない人であっても、まんざらでもなく感じてくるから不思議だった。
 楓の会社はそんな人たちが多い。表面上は波風がなくとも、裏では何を考えているか分からない。だが、もっともそれは彼女の会社に限ったことではなく、どこの会社にもあることなのかも知れない。
 楓は、まわりのことを気にしていないくせに、まわりが感じていることに敏感だったりする。そのことが今までに幸いしたこともあったのだろうが、ほとんどが損をすることの方が多く、そんな自分の性格が嫌いだった。
 今回の引っ越しも、会社の人は誰も知らないはずだ。会社への届けも住民票が必要なことから、出社後になる。それまでは誰にも話すこともなく一人の胸に閉まっていた。もちろん、楓のことなど気にしている人もいないだろうから、別に気にすることでもなかったのだ。
 今年、二十八歳になる楓は、短大を卒業して今の会社に入ったのだが、今の会社に入れた時は、結構嬉しかった。一応名前の通った広告代理店で、通っていた短大からはルートがあったので、採用にはさほど困難ではなかったのかも知れないが、それでも、最初は広告代理店など、何をする会社なのかハッキリと分かっていなかっただけに、あまり気乗りがしなかったのも事実だった。かといって、何をしたいという明確なビジョンを持っていたわけではない。
――人が築いてくれたレールに乗っかっただけだ――
 と言ってしまえばそれだけだった。とりあえず、就職活動を何とか終わらせたいという気持ちがあったのだ。
 それでもさすがに入社して半年くらいは、入社できたことを素直に喜んでいて、研修期間もさほど苦になるわけでもなかった。実際に就職して会社の仕事内容などを見ていると、自分がやってみたいと思えるようなことだった。最初は見習いでしかなかったが、そのうちに自分にも仕事が回ってくると思うとワクワクしたほどである。
 最初はドキドキしながら、心の底でワクワクしていたものだ。今から思えば就職してから一番楽しかった時期かも知れない。
 そんなことを思い出しながら引っ越しをしていると、就職してからここ数年、いろいろあったはずだったのに、あっという間だったことに気が付いた。
 一年という単位で考えると、結構長かったが、それを一つに繋げると、あっという間だったように思うことは結構あるようで、当然その逆もありうることだ。
 子供の頃がそうだった。
 小学生くらいの頃が一番その逆を感じていた。
 一年一年はあっという間だったはずなのに、六年間は果てしないほど長かったように感じた。
 それは小学生の頃が一番自分を嫌いだった時期だからだ。
 いつも学校では苛められていた。
 今から思えば苛めに遭っていたのには、それなりに理由もあったのだろうが、一番最初に苛められた時に逆らったことが苛めがなくならなかった一番の理由だった。
 苛めに遭った最初の理由は今でも覚えている。
 普段は給食だったが、たまに給食が休みで、お弁当持参の日があった。その時に家から持って行ったお弁当をバカにされたことが原因だった。
 あれは二年生の時のことだったが、持ってきたお弁当の形が少し崩れていたことを、同級生の男の子にバカにされたからだった。
 ただ、バカにされただけだったのに、何かのはずみで、お弁当が零れてしまい、床に散乱してしまった。泣きそうになっている楓を見て、
「お前が悪いんだからな。俺たちは悪くない」
 と言って、後ずさりしていた男の子を見ると無性に腹が立ち、食って掛かった。確か、噛みついたりしたような気がする。
 別にお弁当を作ってくれた母親にそれほど感謝していたわけではない。バカにされたことも、食って掛かるほど悔しかったわけでもない。
 確かにお弁当が床に落ちたことで情けなくなったのは事実だったが、最初は茫然自失だった。床に落ちたお弁当の残骸を見て、ただ情けなさから、目を真っ赤にさせいただけだったのに、男の子たちの下手な言い訳と、後ずさりした態度が許せなかったのだ。
 食って掛かったことを覚えていないほど、その時は興奮していたようだ。その時は先生が取りなしてくれて、何とかその場は収まったが、先生からその日、母親に対して注意勧告があったようだ。
 家に帰ってきてから、
「何で、お友達と喧嘩なんかしたの?」
 と、母親から言われた。さほど厳しく言われたわけではない。窘められていた程度だったはずなのに、楓は責められているという感覚しか浮かんでこない。
作品名:リセット 作家名:森本晃次