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辻褄合わせの世界

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 どちらかが残業や急用ができればすぐに連絡をするというのは約束の鉄則なので、いつもの場所で、いつもの時間が成立した。
 彼とは、趣味で話が合った。
「ポエムの話をしている時の二人は、普段の二人とは違う」
 と言われるほどで、二人の世界には、他の誰も入りこむことはできなかった。
 それだけに、お互いに信用しきっていたに違いない。
 美奈は、そこに安心と油断があった。彼が浮気をするような男性ではないという思いと、自分との仲に何者も入り込む隙間はないと真剣に信じていた。
 そんな美奈の性格を一番よく知っているのは、兄だった。その頃の美奈は純情で、
「私が信用している人のいうことであれば、すべて信じられる」
 と思っていた。
 しかし、そこに利害関係が存在したり、駆け引きなどが存在すると、すべて信じるなどということは不可能になる。美奈はそのことを理屈では分かっているつもりでも、
「私のまわりには、そんな感情は存在しない」
 と、思うようになっていた。
 それは自分が逃げに回る性格だったのも原因だったのかも知れない。自分に理解できない発想が出て来れば、自分で考えたことであっても、誰かの考えだとして、自分からの責任転嫁をしようとする。
「自分から逃げても、どうしようもないのに」
 まわりの人が見れば、すぐに分かりそうなことなのに、すぐに逃げに回ってしまうと、自分が信じられなくなる前に、他人が信じられなくなってくる。
「一番信用していたはずの彼が、他の女性と浮気した」
 この事実を、美奈は最初、受け入れることができなかった。
「どうして私を裏切るようなことをしたの?」
 完全な罵声を彼に浴びせた。
「裏切る? 何言ってるんだ。それはこっちのセリフだ」
 最初から喧嘩腰だったが、「裏切る」などという言葉を口にするつもりはなかったのに、なぜいきなりそんな言葉を口にしたのか、美奈は自分が信じられなかった。自分が信じられないと思うと、頭に血が昇ってしまう。相手に対して売り言葉に買い言葉、今度は相手からの罵声が飛んでくる。
 すると、罵声に対して、今度は自分が萎縮してしまう。萎縮してしまうと、今度は自分が可愛そうになってくる。
 ここまで来ると、なぜ自分が可愛そうになるのかということを、考え始める。それまで頭に昇りっぱなしだった血の気が、次第に引いてくるのを感じる。
 冷静になってくると、襲ってくるのは後悔だった。
「自分に対しての後悔」
 それは、今の状態から遡って考えることだ。遡って考えると行きつくのが、最初に発した言葉だった。
「裏切るなんて言葉を言ってしまったから、自分が後悔することになるんだわ」
 美奈は、純情なところがあるからか、どうしても融通が利かないところがあった。頭に血が昇ってしまうと、一度振り上げた鉈の仕舞いどころがなくなってしまう。それが美奈の欠点であった。
 しかし、一旦頭に血が昇りつめてしまうと、今度はすぐに冷静になれる。すぐに冷静になれることで、その時になってやっと、的確な判断が分かってくる。
「皆も同じなんだろうな」
 と、思っていたが、実際には美奈ほど、一度頭に血が昇って後悔から逃れられないことが分かると、なかなか冷静になることはできない人はいない。頭を冷やすことができるところは美奈の長所であった。
 だが、一度冷静になってしまうと、自分のどこが悪かったのかが見えてくる。そうなると、後悔は確かに残っていても、もし相手との関係が修復できなくても、自分の後悔ではなくなってしまう、
「美奈は、潔い」
 と言われることがあるが、それは後悔をしても冷静になれることで、後悔を最悪な状態にしなくてもよくなってくる。
 最悪な状態というのは、人それぞれによって違っているのだろうが、少なくとも、自分の中で納得できるのであれば、それは本人の真実であり、最悪な状態ではなくなってしまうだろう。
 美奈が冷静になって考えると、
「何てバカなことを言ってしまったんだろう?」
 という後悔をしてしまった。
 それは勘違いから始まったことだった。
 事の発端は、美奈の兄が、美奈の様子を見ていて、彼氏はいないと勝手に思いこんだのだ。
 美奈の兄は、高校時代から親交があり、彼女がいないことを気にしている友達がいたのだが、彼が美奈のような純情な女の子にお似合いだと思い、二人を結びつけようと画策したのだ。
 お互いに、本当は有難迷惑だった。
 美奈の方には付き合っている彼氏がいる。彼は彼で、大学で研究を最優先にしたかった。
 かと言って、せっかく気を遣ってくれた兄に対して邪険にはできない。それが美奈の性格だったが、
「彼なら、分かってくれているはず」
 と、彼のことを過剰評価してしまっている自分に気付かなかった。
 彼は、するどいところもあるので、何かぎこちない美奈を見ていて。不信感があったのか、美奈の様子を伺っていると、運悪く、兄の手前、一度だけのデートを目撃された。
 彼も美奈に対して直接問い詰めるだけの勇気を持ちあわせていなかった。そのせいで、その時から二人はすれ違い始めたのだ。
 彼に対して、恋心を抱いている女性がいて、二人の付き合いを知らなかったが、どこか彼がぎこちなくなっていて、普段は表に出さない「寂しさ」を曝け出したことで、二人は浮気に走ってしまった。
 最初こそ、後ろめたさを感じていた彼だったが、
「最初に裏切ったのは、美奈じゃないか」
 と思い、自分を正当化した。
 しかし、お互いに売り言葉に買い言葉になった時、美奈が自分の考えていた「裏切り」という言葉を口にしたことで、彼としては、引くに引けなくなってしまったのだ。美奈の一言がすべてだとは言わないが、
「言ってはいけないこと」
 を口にしてしまうのが、美奈の性格なのかも知れない。
「言葉は、最初から考えて口にしなくてはいけない」
 とは思っていても、頭に血が昇ると、どうしても感情的になってしまう。感情的になってしまうと、自分の殻に閉じこもってしまうことが多くなる。自分の殻に閉じこもると、意地になって、相手に向かっていこうとしてしまう。
 人によっては、順番が逆だと思っているだろう。
 頭に血が昇ると感情的になるのは同じだが、感情的になると、まず意地を張ってしまう。意地を張ることで、自分の殻に閉じこもってしまうという考えだ。その場合、相手に向かっていく感情は、意地を張っている時に起こるものだ。ということは、まだ自分の殻に閉じ籠る前なので、美奈の場合よりも、まだ救いようがある。
 美奈はすれ違った彼と、元に戻ることができなかったのは、意地を張った時には、すでに自分の殻に閉じこもってしまっていたからだ。
 彼の場合は、先に意地になってしまう方なので、まだ殻に閉じこもる前だった。それだけ冷静になれたわけだが、そのせいもあってか、美奈の性格がハッキリと分かっていた。
――やっぱり美奈と俺では、付き合っていくわけにはいかない――
 という結論に落ち着いたのも、当然の結果だった。
 美奈は、完全に彼と別れてから、自分のことに気が付いた。
「時すでに遅し」
 ではあったが、気付かないよりはいいのかも知れない。
作品名:辻褄合わせの世界 作家名:森本晃次