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墓前に佇む・・・

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 彼女には最初から分かっていたことだった。彼女には彼を見ることができるが、彼には彼女を意識することができない。
「これが二人の運命」
 どんなに大きな声で彼に呼びかけても、彼は彼女に答えることはできない。彼女のすべてが一方通行だ。
 これほど悲しいことはない。しかも、それは今日に始まったことではなく、毎日のことだ。
「こんなに悲しいことはない」
 と思っているはずなのに、墓参りをやめることはできない。
「これは私が選んだこと。そして、すべて納得ずくのことのはず」
 と、自分に言い聞かせていた。
 苦しい思いも少しすると癒えてくる。そしてもう一度余裕を持った気持ちに戻ると、彼の方を振り返り、一言声を掛けた。
「ありがとう」
 と言って、彼女が満足したような表情をした時、中年男性の気持ちにドキッとしたものがあったことに、悲しいかな、彼女は気が付いていなかった。
「彼のことなら何でも分かる」
 と思っていた彼女だったが、実際には分からないこともあったのだ。もちろん、それでも彼には彼女の存在が分かるはずもない。それが正直で素直な気持ちに繋がっていることに違いはなかった。

 彼女は夢を見ていた。その夢が深いものなのか浅いものなのか分からない。
――夢を見初めて、どれくらいの時間が経ったというのだろう?
 彼女には、夢というものは潜在意識が見せるものだという意識があった。だから、見ている夢に対して自覚があることは分かっていた。それでも夢に対して深い浅いの意識を持つことができない。現実世界では理解できないのが夢だという意識も一緒に持っているからなのかも知れない。
「これって昨日の夢の続きなんだわ」
 夢の続きを見ることなどできないというのが、彼女の意識にあるものだったが、どうしても気になって仕方がない夢があれば、もしかすると、続きを見ることができるかも知れないという思いもあった。
 しかし、一番最近に見たと思っている夢が、どうしても続きを見たいという意識のものではなかったはずだ。
 夢をいつも覚えているわけではない。昨日の夢だと思っていることが実は数日前に見た夢なのかも知れない。その間に夢を見ていないのであれば、
――まるで昨日のことのようだ――
 という意識ですぐに納得できるのだろうが、果たしてそうなんだろうか?
 昨日見た夢というのは、見たことを忘れてしまうほど、大したことのないものだったのではないかという思いと、逆に恐怖の印象が深すぎて、覚えておきたくないという確固たる意識の元に忘れてしまった夢のどちらかではないだろうか。そう思うと、夢には時間に関係がある何かを欠落させる力があるのだと思うのだった。
 彼女は自分が今まで見た夢で一番怖かった夢というのを意識していた。全体を覚えているわけではないが、恐怖部分をどうしても忘れられなかったのだ。それは、夢の中にもう一人の自分が存在しているという意識で、自分だと思える相手と目を合わせたことで、相手も慌ててしまっている。その時に感じたのは、
――相手は私よりも慌てているんだわ――
 という思いだった。
 夢の中にもう一人自分がいることを最初から意識していた。そうでなければ、相手の顔を見た瞬間に、目が覚めるはずだからである。
 今までに見た夢で恐怖に感じたことを覚えているのは、もう一人の自分が出てくる夢だったというのが正解なのだろう。他の怖かった夢に関しては、怖かったと思っても、覚えていないからだ。
 では、どうしてもう一人の自分が出てくる夢だけが意識として残っているのか?
 今までにいろいろ考えたが。結論としては、
「夢の中の自分も、自分を意識して自分の想定外のリアクションを取っているからだ」
 と思えた。
 彼女が今見ている夢はまさしくそんな雰囲気を感じさせる夢であり、まだもう一人の自分を見たわけではないが、いつ現れるかドキドキしていた。
 昨日(と思っている)夢の中で、確かにもう一人の自分を見た。その時、不思議と恐怖心が生まれたわけではなく、どちらかというと、懐かしさを感じさせられるものだった。
――あれは、もう一人の自分じゃないのかも知れない――
 覚えている夢を思い返す時、夢に疑問を抱くようなことは今までにはなかった。今回だけは、もう一人の自分だと思っている相手が本当に自分なのかどうか、自分の中でハッキリとしない。
 世の中には似ている人が三人はいると言われるが、夢の中という特殊な世界では、限りなくたくさんいるような気がしている。それは時間という概念がないからだ。同じ時代の中で、三人いるのであれば、時間や時代に制限を設けなければ、かなりたくさんの似ている人がいて不思議はない。ただ、人の絶対数も果てしないわけなので、その中から似た人を見つけるのは、同じ時代の中から見つけるよりも、かなり困難なことなのだろう。
 だが、夢の中では困難に思えることも、簡単にやってのけられるのかも知れない。だから、自分に似た人(もう一人の自分だと思っている人)を見つけた瞬間に、驚きとともに恐怖を感じるのだろう。それでも見つけた瞬間に目が覚めないということは、潜在意識としては、恐怖だとは思っていないのだろう。
 彼女は、今ではもう一人の自分だと思っている人が本当に自分だとは思っていない。似ている人を見つけたのだと思っている。ただ、今までに見た夢すべてが自分に似た人だったのかということを断言できない。幼い頃にそこまで考えて夢を見ることができたわけではないからだ。
 幼い頃に見た怖かったと思う夢は、自分が見たというよりも、
「誰かによって見せられた」
 という意識を今となっては持っていた。もちろん、今の夢も自分だけで見ている夢なのかハッキリしないところがあるが、少なくとも夢を覚えているということは、自分が意識して見た夢だと思っている。
 そこから先、彼女はもう一人の自分、あるいは自分に似た人が現れることを確信しながら、夢のトンネルを歩んでいった……。

 松倉敦美は、この街に生まれて、この街で育った。他の土地と言えば、高校、短大時代、電車で一時間掛かって通った、このあたりでは一番の都会と言える街だけだった。親のいうことに逆らったこともないような物静かで大人しい女の子だったが、大人になっても、変わりなかった。学生時代に人並みに恋をして、男性と付き合ったこともあったが、次第に相手の方から去っていく方が多く、まわりの女の子からも、
「松倉さんって変わっているわね」
 と言われていた。
 出身が田舎町だということで、誰もが納得していた。敦美もまわりが納得してくれているのだから、別に自分から反論することもないという意識からか、それまで育ってきた環境で身に着いた性格も手伝って、人に逆らうことを決してしないようにしていたのだ。
 卒業すると、短大に入学したが、高校時代の三年間よりも、短大の二年間の方が長かったように思えた。ただ、自分を一気に開放することができる機会があったとすればその時だけだったのだろうが、結果として自分の殻を破ることはできなかった。
作品名:墓前に佇む・・・ 作家名:森本晃次