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俊一郎の人生

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                   ◇

 一月も終盤に差し掛かった頃、もう正月気分などすっかり抜けきっている街は、ここ数年なかった暖かさに見舞われ、春さながらの陽気に、人の波が多く感じられた。
 人が密集しているように感じたのには、訳がある。人の歩くスピードがそれほど速くないからだ。
 急いで歩いていると、人は自然と人との距離も開けてしまう。一般道路と高速道路での車間距離の違いを考えれば分かることだろう。寒い時には、身体を温めようとして、自然と歩くスピードも速くなる。それだけ、人との距離を自然と取ってしまう。だが、最近の暖かさは、歩くスピードも鈍らせる。早く歩く必要がないのであれば、ゆっくり歩こうとするのが、人の常である。
 誰かと一緒に歩いているのであれば、会話も弾むというものである。ザワザワとした雰囲気が人の多さを演出しているのだ。
――まるでクリスマス前のような賑わいだな――
 師走というのは、どうしてあそこまで賑やかなのだろう。普段にも増してカップルが目につく。見たくないのに、勝手に見えてくるのは、あまり気分のいいものではない。
 俊一郎は、ここ数年彼女がいなかった。今年三十歳になるのだが、就職してすぐくらいから、三年目の二十五歳くらいまでには、何人かの女性と付き合ったことがある。
 付き合い始めはいいのだが、三か月を超えると、急に自分に中で冷めてしまうところがあるのに気付いてから、彼女ができなくなった。付き合い始めから最初の一か月くらいというのは、
――至福の刻を過ごしているんだ――
 と思っていたが、次第に付き合っていることに何か疑問が浮かんでくるようになる。
 その疑問というのは、毎回違っている。相手に対して感じる疑問の時もあるし、自分が考えていることに疑問を抱くこともある。女性と付き合いということ自体に対しての疑問も、あまり多くはないが、頭に浮かんでくることもある。
 疑問が複数浮かんでくるということはない。なぜなら、疑問が浮かんできてから別れるまでのスピードが、あっという間だからだ。他の疑問を浮かべる余裕もないほどに、気が付けば別れていたというほどの早さであった。
「お前は今までに本当に女性を好きになったことがないから、そんなに簡単に別れられるんだ」
「そんなことはないと思うけどな。別れを感じるようになるまでは、本当に相手を愛しているとまで思っているんだぞ」
 気心の知れた友達との会話は、お互いに遠慮がない。思ったことを気兼ねなく言い合えるので、却って話しやすい。言いたいことも言えるし、他の人は遠慮して言えないようなことも言ってくれるからだ。さすがにグサッと胸に突き刺さる気がするが、目からウロコが落ちた気分になることも少なくはなかった。
 俊一郎は、気心知れた相手との会話では、自分が主役でないと気が済まないタイプだが、それ以外の人との会話を、自分から仕切る気はまったくなかった。仕切ろうとしても、相手から相手にされないのがオチだからである。
――俺はお山の大将なのかな――
 と思ったが、それでいいのだ。気心知れていない人相手に会話をしても、それがどれほど有意義なものなのか、考えれば分かることである。仕事上での会話にしても、必要以上のことをいうと、相手にしてくれないのは、今までに分かっていることだった。
 俊一郎は最近、一つ気になっていることがあった。誰か気心が知れた人と知り合う気がしていたからだ。それも男性ではない女性である。もちろん、信憑性があるわけではないが、そういう胸騒ぎがするのだ。
 胸騒ぎが今までに当たったという記憶はさほどない。そのほとんどが、気のせいであり、胸騒ぎが、
――そのうちに当たったと思えば、その時から、信じることができるのかも知れないな――
 と感じるのだった。
 ただ、今までに感じた胸騒ぎは、一瞬で消えることもあれば、数日感じたままの時もある。そのほとんどは、胸騒ぎのレベルが上がるわけではなく、考えが堂々巡りを繰り返しているのではないかと感じた時、やっと消えるのだった。
 だが、今回の胸騒ぎは次第に、大きくなってくるのを感じる。これだけが今までと違った感覚であり、俊一郎にとって、戸惑いとなって逆に心の中に残っているのではないかと危惧していたのだ。
 俊一郎は、その日、仕事が休みだったので、朝から時間があった。休みの日にはなるべく趣味に勤しもうと考えていて、その日も朝早くから出かけるつもりだった。
 朝早くと言っても、日の出の時間などというほどではない。普段仕事に出かける時間に、家を出ようと思っていただけである。
 家を出る時間は同じでも、そこから急いでどこかに行こうとするわけではなく、まずは近くの喫茶店でモーニングを食べるのが、休みの日の日課だった。
 俊一郎の仕事は土日が休みというわけではなく、日曜日だけは、普通に休みなのだが、もう一日は、平日のどこかに当て嵌められる。仕事の関係で、土曜日は自分にしかできない業務があるので、出勤しているのだ。
 他の人から見れば、
「可哀そうに」
 と見えるかも知れないが、俊一郎にとっては、それほど悲観しているわけではない。
――彼女がいて、デートするというのであれば、土曜の方がいいだろうが、普段休みを一人で過ごしている俺にとっては、平日に休みの方がありがたい――
 と感じていた。
 特に最近のように趣味ができると、余計にそう思うようになった。
 趣味と言っても、それほど大層ものではないと俊一郎は思っている。スケッチブックを片手に、近場の公園などで、鉛筆を使ってのデッサンをするのが、趣味だった。
 本当は油絵などできればもっといいのだろうが、最初にデッサンを始めようと思ったきっかけが、数年前に同じように平日の休みに家を出て、公園を散歩している時に見た一人の初老の男性だった。
 定年退職している人にしては若く見えたので、まだ、仕事をしている人であろう。仕事をしながらできる趣味に対して、何かないかと漠然としてではいたが思っていたので、その人のことを遠くから見ていた。
 きっと相手は気付いていないことだろう。それだけ集中しているのだろうが、その人の顔を見ていて、
――これだ――
 と感じたのだ。
 鉛筆でのデッサンを後ろを通りすぎるふりをして見ていたが、作品にイキイキしたものを感じた。その絵が上手なのか下手なのかは分からないが、イキイキしているのを見ただけで十分だった。
――俺にもできるかも知れない――
 と思っていたところに、ちょうど、市のカルチャー教室のビラが駅に貼っているのを見て、通うことにした。
――こういう時、平日のお休みっていいよな――
 曜日が三つあり、その中から選んで行けたのだ。
 夜の講座ではあったが。仕事が普通に終わってからでは間に合わない。ちょうどよかったのだ。
 受講料もさほど高くない。市が運営しているものだからである。さっそく講義を受けるようになったが、素人でも少しは描けるようになれるもので、同じ時期に入った人は、大体上達していた。
 基礎さえ教われば、後は自由な発想と、自由な技法で描くことができる。それが趣味の醍醐味だと思っている俊一郎は、
――一人の方が、却って都合がいい――
作品名:俊一郎の人生 作家名:森本晃次