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 と、言っている人もいたようだが、よく敏夫のことを分かっているとも言えるだろう。だが、人気があるのも事実で、要するに、
――敵も多いが、味方も多い――
 と言えるだろう。
――味方も多いが、敵も多い――
 というのではない。似た言い回しだが、まったくの逆である。前者の方が聞こえはいいし、実際に味方の方が多いだろう。敏夫が聞けば、絶対に前者だと言い張るに違いない。変なところでこだわりのある敏夫だったが、
「これが俺の個性だ」
 と言うに違いない。
 敏夫の口癖は、
「失敬な」
 という言葉だった。
 自分が堅物だと認めたくないと思っているわりに、人に対してこの言葉を吐くというのは、それだけ敏夫が考えている「堅物」な人間に失敬というべきではないだろうか。
 そんな敏夫に分岐点が訪れたのは、大学の三年生になる少し手前、二十歳になった頃のことであった。
 一人の女性が、敏夫のことを気にし始めたことから、敏夫が少しずつ変わっていったのだ。
 女性から賛否両論のある敏夫だったが、自分を気に入ってくれる女の子がいるのは分かっていたが、敏夫のこだわりの中で、
――相手が、自分を好きだという素振りを示してくれないと、相手を好きになることはない――
 という思いがあった。
 自分を好きになる女性は引っ込み思案な人が多いのは分かっていた。しかも、そんな女性を自分が好きなのも分かっているのに、リアクションを相手に望むのは、
――他の人と同じでは嫌だ――
 という発想の元にあった。
 引っ込み思案で告白できない人は、まず他の女の子から、
――抜け駆けしたと思われたくない――
 という思いがあるからだ。
 いじらしい考えではあるのだが、敏夫にとっては、
――自分より女友達を優先された――
 という気分にさせられることに腹が立つのだった。好きな相手であればあるほどその思いは強く、自分を頑なにしてしまうことへのジレンマを感じてしまう。そんな思いにさせたのは相手であり、自分ではないという勝手な思いが、敏夫の一番の欠点である。
 敏夫は、そのことも気づいている。しかしそれを覆すだけの思いがない。
――人と同じでは嫌だ――
 という思いは、もはや信念である。少々の理屈では解決できるものではない。その思いを分かってあげられる相手でなければ、敏夫の相手は務まらないというものだ。
「お前と付き合う女性は、相当しっかりしている人なんだろうな」
 という皮肉を友達から言われたことがあったが、敏夫にはもちろん、それが皮肉であることは分かっている。分かっていて甘んじて受け入れようと思うのだが、そこまで来れば個性というよりも意地であろう。
 意地というものが悪いというわけではない。悪いという考えは、他の人の尺度で考えた時だ。
――尺度という言葉は、何という都合のいい言葉なんだろう――
 と思わずにはいられない。そんな自分に敏夫は、時々自己嫌悪を感じるのだった。
 敏夫を好きになった女性が一番敏夫のどこが気になっているかというと、時々自己嫌悪を感じるところだった。そのことを彼女は最初から分かっていたわけではないし、さすがに敏夫も、そこまでは分からなかった。ただ、
――彼女は他の女の子とは違う――
 というイメージがあり、どこが違うのか、漠然としてではあるが分かっていた。それが自己嫌悪だとは、さすがに思っていないだけだったのだ。
 彼女が敏夫を見つめる目を、敏夫は自然と避けていた。今までに女性の視線を避けるなど考えたことはなかった。それまで女性と付き合ったこともない敏夫だったので、当然女性を知らない。恥かしさを感じることもあったが、それは本能の成せる業であり、自分の感覚ではなかった。
 敏夫は、本能を自分の感覚ではないと思っていた。本能というものは、人間に限らず誰にでもあるもの、そして個人差は、あくまでも誤差の世界だとしか思っていない。それは子供の頃から考えていたことであって、中学時代に、ある程度自分の中で確立された考えになっていた。
 年季の入った考えなので、この思いを覆すにはかなり難しいだろう。まず自分で覆すつもりもなければ、他人が覆そうとするものでもないことが分かっていたからだ。そもそも人が介入できるものではなく、そういうことは、他の人は誰も考えたりすることはないだろうと感じられることだった。
 あまり本能に対して考えていないように思う敏夫だったが、細かいことを考えていないだけで、意識はしていた。本能がなければ考えの中で成り立たないものもあると思っているからで、本能の大切さは知っているつもりだった。
 そんな敏夫を好きになった女性は、名前を古坂美沙と言った。美沙は敏夫に対して何かを言おうという素振りを見せながら、実際には口にしなかった。それが敏夫には気に掛かったのだ。
 何も言わない女性を好きになることはない敏夫だったが、それは自分の気持ちを押し殺そうとする意識が感じられるからだ。美沙の場合は押し殺そうとするところは何もない。きっかけがないだけなのかも知れないと思わせるだけだった。
 だが、実際には美沙から声を掛けられない気持ちが本人に強かったのだ。それを感じさせないのは、美沙の中にも、
――他の人と同じでは嫌だ――
 という思いがあるからで、敏夫はそのことはすぐには分からなかった。
 気になっていることが、まさか自分と同じ性格であることから来ているなど知らずに意識しているというのは、実に皮肉なことであった。
 美沙は敏夫を意識し始めて、実際に変わった。
「美沙、最近あなた綺麗になったわね。誰か好きに人でもできたの?」
 と友達から言われて、ハッとした。
「そんなことないわよ」
 と言い返したが、相手は含み笑いを浮かべるだけで、分かったとも何とも言わない。完全に美沙の言葉を信じていない素振りだった。
 美沙も、それほど友達が多いというわけではない。だが、敏夫と違って、
――自分は他の人とは違う――
 という気持ちはあまり強くなかった。本人には、ないと思っていたほどだった。
――他の人と同じでは嫌だ――
 というのとは少し違う。自分という言葉がついているのといないところが違っているのだ。
 後者の方が、言葉としては汎用性がある。つまりは、「他の人とは違う」と言いきれないところがあるということだ。
 美沙は自分が綺麗になったという自覚を持っていた。しかも、人を好きになったからだということも自覚していた。相手も誰かは分かっていた。だが、告白するまでには行かなかった。
――告白してしまえば、今まで築き上げてきたことが壊れてしまうような気がする――
 と思っていたのだ。
 それは自分からの告白では成立しない。敏夫からの言葉でしか成就はないという気持ちが強かったからだ。
 敏夫の方も、自分からの告白などありえないと思っている。二人の間で気持ち以外の告白という点で、平行線が生まれてしまったのだ。
 このままでは、お互いに前に進むことはできない。敏夫のまわりの男は、そんな敏夫の気持ちには気付いている人はいなかったが、美沙のまわりの女の子には、気にかかっている人もいた。
――何とかしてあげたいんだけどな――
作品名:年齢操作 作家名:森本晃次