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空蝉

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部屋の外から流れ込む、蒸し暑い空気。
少し、湿気た匂いがした。

ああ、もうすぐ
雨が 降る。



まず、深く息を吐いて、そこで止める。
次に、目を閉じて。
あとは、そのまま。

膨らもうとする胸が締め付けらる微かな痛み。
ざぁ・・、と頭が冷たくなる感覚。
どくどくとなる、心臓。
まだ。
まだ。
         まだ。


限界までそうしてから、喉を解放した。
勢いよく流れてくる酸素。

僕は 生きてても いいんだ。
僕は まだ 生きてても いいんだ。

おーらい。




そんな、期末試験前の休日の昼下がり。
( なんか、だるい。 )
「ふぅ。」
と、寝転んだ床のカーペットの上から、天を仰いだ先の白い天井に、目を閉じた。

混濁した頭の中で
試験の勉強だとか 部活だとか 習い事の練習だとか
まるでどうでもいいように
( ぶっちゃけ全然よくないんだけど )
ぐるぐると 廻る。


ぐるぐる
ぐちゃぐちゃ
ごちゃごちゃ
混濁
混沌

そういえば、いつか誰かが、「世界は混沌から始まった。」といっていたけれど。
なるほど、それなら世界が行き着く先が混沌なのもうなずける。
きっと未来は、モノにあふれて、押しつぶされているんだろう。
( 例えば、人間とか。)

そこまで考えて、思考を中断した。

「ま、どうでもいいし。」

半分覚醒した意識で、つぶやく。
独り言。
わぁい、怪しい。
と、自嘲の笑みがこぼれた。



「何がだよ。」
声がした。
それから、ピ、とボタンを押す音。
ゴォー、となって、クーラーがつく。
( あ、付けるの、忘れてた。 )
「あついだろ。お前。」
「あ・・・、っうん。」
まったく・・、といいながら部屋に入ってくる友人の姿を目に捉える。
「ふたりごとになった・・。」
「は?」
「いや、なんでも。どしたの、瞬。」
「別に。アイス食おうと思って。」
そういって、コンビニの袋を、小さなテーブルにおいて、彼は座った。
なんとなく、寝転がったまんまでいる気になれなくて、起き上がる。

「何してた?」
「ん、特に何も。」
アイスバーの袋を二本分袋から取り出す姿をぼぅっと見てると、1本分頭に叩き渡された。
「・・・・・いて。」
「しっかりしろよ、本当。仕様のない。」
自分の分を舐めながら、少し険しい目でこちらを見やる。
首をすくめながら、袋を裂いて有難くアイスを頂いた。
ソーダ味の、氷系のアイスバー。
端をかじりながら、涼む。



サァー
と、外から音がした。
「あ、雨。」
「降ったな。」
二人して、窓の外を見やる。
灰色に薄暗くなって、アスファルトの濡れる、独特の匂いがした。


ぼんやりと、舌先にアイスをくっつける。


雨。 あめ。
いまだ、はっきりとしない意識のなかで、浮かび上がってくるモノ。
もやもやとした、不快感。

「気持ち悪い。」
「大丈夫か?」
( 何でこんなに気持ち悪いんだっけ。 )


遠い目をして、回想に浸る。

十数秒の、沈黙。


「おい。 どうした、愁。」
何も答えない僕に、痺れを切らしたのだろう。
いぶかしむ様子で瞬が言った。

ああ
そっか

「嫌 なんだ。」

ぽつり、と 自分の口から言葉が出た。

「纏わりついてくる人も
 笑顔で接してくる人も
 慣れたような口調で話しかけてくる人も。」
「最初だけさ あんなの
 薄れてくくせに。」
「見たくない。」
「気持ち悪い。」


薄暗い部屋の中。モノクロの写真みたいな。
クーラーの稼動音だけが、ゴゥンゴゥンと鳴っている。

瞬は黙ったまま、僕の顔を見つめていた。
いきなりなんだ、と驚きもしない。
ただ来たときと同じ瞳で僕を見つめる。

( まぁ 僕が分からないだけかもしれないけど。 )
それがどういう瞳か、なんて。


ただ独り言を呟いているのか、誰かに届いてほしいのか、分からないまま言葉を紡ぐ。
「いつだって 受け入れる振りして、拒絶して、排除して、削除する。」
「嘘吐きだ 皆」
「嘘吐き」
( そう、だろ? )

彼は何も、言わない。

まったく、本当に。

「可笑しいよな。くだらないよな。」
「ほら、だからもう瞬だって、僕のことなんて、殴って、呆れて、放ってしまえばいいんだ。」

自分でも呆れる。
どれだけ独りよがりなんだろう。
どれだけ情けないんだろう。
彼の瞳にうつる僕は。

彼はまだ、黙っている。



あふれ出すように、堰が止まらない。
止めようと思っても、まだ靄のかかったような、意識で、体が動かない。
( ほんとに、突き放されるかもな )
言うだけ言ってしまって、今更のように少しだけ、怖くなった。

不安定な感情の波が押し寄せてくる感覚。
( う、ぁ )
( こわ・・・・ )





ふと、腕をつかまれた。
目を上げると、まるで静かな水面のような瞳と、合う。

( あ )


穏やかな、瞳。


「もう いい。」
「愁はちゃんと、此処にいるから。」
「誰も、愁を。少なくとも俺は、愁を、拒みなんてしないから。」

「 分かってるんだろう、本当は。 」


ぱたり。

溶けたアイスが腕をつたって床に落ちる。





雨が止んだ。

もうすぐ、夏が 来る。




作品名:空蝉 作家名:依槻