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詩集 あなたは私の宝物【紡ぎ詩Ⅵ】

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☆「宝箱~刻の止まった部屋~」

その部屋の扉を開けた瞬間
想い出がどっと押し寄せる
刻が止まったままの部屋
ゆっくりと周囲を見渡せば あちこちに家族の歴史を刻んだ写真が置かれている
使わなくなって久しいこの部屋は
かつて私と子どもが幼い時期 一緒に過ごしていた
子どもが泣けば真夜中でも起きて母乳を呑ませ
なかなか寝付かない子どもに絵本を読み聞かせたりした
写真の数以上の膨大な想い出がここにはある
それは目に見えない記憶
大切な大切な私の―母と子の刻を刻んだ日々

ふと目に付いた一つの写真立てを手に取れば
たちまち止まっていた刻が動き出す
あれは娘が一歳の誕生日を迎えた日 
夫と私と娘の三人で写真館で撮ったものだ
三月三日生まれの娘はお雛飾りの前で澄まして笑っている
もう一つの写真立てをのぞき込めば
そこには赤ちゃんを負ぶった私の満面の笑み
背中の赤ちゃが次女の顔に似ていると思ったら
それは まだ二歳の頃の長男だった
男の子は女の子と違って 赤ちゃんの頃と成長した後は劇的に顔立ちが違ってくる

お雛様と一緒に澄まして初節句の写真に写っていた娘が
来年 成人式を迎える
数日前 少し早いが成人式の前撮り写真を撮って貰った
振り袖姿の艶やかな我が娘の晴れ姿に
綺麗だなぁと呟いた親馬鹿の母は目頭が熱くなった
思えば あっという間の二十年
辛いこともあったけれど 嬉しいことの方が数倍も多い子育ての日々
今は過ぎ去った日々がただひたすら愛おしい

私は小さな溜息ひとつ吐いて写真立てを元に戻す
溢れ出しそうな想い出と涙をその部屋に閉じ込め
大切な宝物をしまった宝石箱のふたを閉めるかのように
そっと扉を閉じた

☆「宵闇の紫陽花」

薄墨を溶き流したような宵闇が忍び寄る時間
庭の片隅でひそやかな囁きが交わされる
ーそろそろ あたしたちの時間ね。
ー今夜は、どんなお喋りをしようかしら。
ふと耳を澄ませば 
花たちのさざめきが聞こえてはこないだろうか
夕立の後の庭は
かすかに雨と濡れた土の匂いが立ちこめている
数日前から紫陽花の色が目に見えて深く染まり始めた
そろそろ梅雨入りなのだと
花たちが無言で季のうつろいを告げてくれる

梅雨はじめじめしてうっとうしい
雨続きだから嫌いという人も結構多い
そんな中で梅雨が好きだとはなかなか言い出せないけれど
紫陽花はこの季節しか咲かないものだし
雨の中 鮮やかな色とりどりの傘が行き交う光景は
夏の夜の祭りの花火かヨーヨーにも似て
眺めているだけで浮き浮きとした気分になる
殊に紫陽花はひと雨ごとにその色が深みを増してゆく
雨が降る度に庭を眺めるのが楽しくなる季節だ

今 宵闇にひっそりと浮かび上がる紫陽花を見ていると
噂好きの淑女たちが真夜中の舞踏会を待ちわびているようにも見える
次第に濃さを増す宵闇の中で
彼女たちは何を考えて見つめているのだろうか
何とはなしに浮き浮きした気分が伝わってくるような気がするのは
何故なのか
夜 気紛れに彼女たちの元を訪れるのは
さしずめ気紛れな夏風の王子かもれしない
風と花の舞踏曲ワルツは
午前零時 誰も観客がいない真夜中の庭で繰り広げられる
もし 眠れない夜 そっと起き出して
窓の向こうを覗けば
夜風にたおやかに揺れる薄ピンクの花が見られるかもしれない
それは不思議な夜の魔法
お伽の国を信じる人だけに見える素敵な舞踏会

☆「うつろいゆく花のように」

心に不安の雨が降り注ぐ時
そっと想い出という宝箱の蓋を開く
自分だけのとっておきの出来事の数々が封印されている
あんなこともあった
こんなこともあった
良いことだけでなく
哀しかったこと 悔しかったこと 例えて言うなら
負の感情が伴う出来事までしまい込まれている
けれど 時間は優しい
どれだけ辛かった出来事でさえも
時という流れゆく流砂或いは大河のような膨大な流れの前では
マイナスの感情はかなり洗い流され薄められ
ただ懐かしさという感情の方がより多く湧き上がる
ー時が解決してくれる。
良く言われる言葉だけれど あながち嘘ではない

過去ばかり振り返っても意味はないという人がいる
けれど 人生というはるかな道を歩むただ中には
平坦なだけでなく険しい道のときもある
うららかな陽差し差す晴天の日ばかりでなく
矢のような鋭い雨に打たれる日もあるのだ
時に自分の後ろを振り返って
一時の想い出に浸ることは凍えそうな心を温めてくれこともある
大切なのは いつまでも想い出に浸りきっていないで
宝箱の蓋を閉めて また歩き出すことだろう

今日もそっと私だけの宝箱を開けた
キラキラと輝く想い出という名の宝たちがそっと囁く
ー勇気を出して、前に進みなさい。
瞼の向こうをこれまで人生ですれ違ったたくさんの人が通り過ぎる
数え切れないほどの勇気と希望をくれた人
一度は心を通わせながらもやむなく別れていった人
彼らはどうしているだろうか
きっと それぞれの人生をこうやって時には立ち止まり昔を懐かしみながら
歩いているに違いない

さあ そろそろ歩きだそう
宝箱の蓋を閉めて立ち上がり庭に出る
梅雨とは思えない夏日の中
薄紅の紫陽花がすっかり色を深めている
移ろいゆく時と共に花の色もうつろい
移ろいゆく花のように
人の心も日々変わる
心に潤いが足りなくて萎れそうになったときは
また宝箱をそっと開けてみよう
誰も知らない私だけの秘密が詰まった
愛おしい小さな箱を

☆「名も無き花になりたい」

ひそやかに開く花
名も無き小さな花だけれど
精一杯咲いている

目立たないからと
華やかさがないからと
通りすがりの人に見向きもされなくても
青空を見上げ
凛として力の限り開いている

誰かから認められるとか
褒められるとか
何も考えず
生命の限り無心に咲くからこそ
野辺の花は美しい
そこにあるのは
ただ混じりけのない素朴な誠実さと
溢れんばかりの生きようとする力

何を言われようと
ひたすら懸命に咲こうとする一輪の花に
私はなりたい


☆「夏の三者面談」

眼の前に伸びた一本の線路  
真夏の灼きつけるような日差しを鈍く弾き
ひたすら どこまでも続いている
週末の昼間だというのに
ホームは閑散として
他に人影もなく

思えば
この日にこの列車に乗り
我が子の通う高校まで三者面談に行くのも 
もう季節の恒例行事になった
二年前までは長男
今は次女
来年は末っ子の三女がここを受験しようかと考えている

二年前 息子の面談のために同じ駅のホームで
列車を待ったあの夏には
まさか今のような事態になるとは想像さえしなかった
恐ろしい疫病が日本だけでなく
世界中で恐ろしい魔物のように荒れ狂い
死神がふるうという大鎌のごとく
罪無き人々の生命を奪ってゆく
テレビのニュースでは連日
悲惨な感染の状況が映し出される
明日は我が身かもしれないと
息を殺して怯えながら暮らすのがもはや日常になってしまった
旅行はおろか
市内の繁華街やデパートに出掛けることも躊躇われる



一体 いつまで この悲惨な状況が続くのだろう
終わりのない伝染病とのたたかい
先の見えない闇に塗り込められた日々
今日も沢山の人が病に苦しみ