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第五章 騒乱の居城から

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 斑目一族にとって、鷹刀一族は邪魔な存在だ。
 逮捕して投獄、などという生ぬるいことより、殺害してしまったほうがよいではないか!
 指揮官は叫ぶ――その顔にはもはや、警察隊員としての誇りなど微塵もない。
「この部屋には、鷹刀イーレオと護衛がひとり。そして、私とお前たち、それだけしかいない。いわば、密室だ。この中で何が起きても、誰も分からない――私がどうとでも誤魔化してやる!」
 彼は額の汗を拭った。
 うやむやのうちに、この誘拐劇を終わらせるのだ。警察隊を押さえつける貴族(シャトーア)の指輪を持った子供が、ここにたどり着くよりも前に……!
「チャオラウ」
 イーレオが護衛の名を呼んだ。呼ばれたほうは「はい」と言いながら、ベッドの主人を庇うように寄り添う。
 だが、そんな緊迫感を粉々にするように、イーレオは眼鏡の奥の目を細めた。目元に笑い皺が寄る。
「彼らは、凶賊(ダリジィン)として俺に向かってくるのかな? それとも警察隊としてかな?」
 一族の総帥である彼が、自分の身の危険を目前にして楽しげだった。その瞳は、晩ごはんのメニューに期待を寄せる子供である。
「イーレオ様?」
「凶賊(ダリジィン)としてなら、相応に相手をしてやらんと……。面子があるからな」
 イーレオが、にやりと嗤う。
 チャオラウは、顎の下に伸びた無精髭が吹き飛びそうなほど、深い、深い溜め息をついた。いくつになっても、この人は変わらない、と言わんばかりに。
「……残念ながら、警察隊として、でしょうな。それに、凶賊(ダリジィン)としてだったとしても、あなたの出番はありませんよ?」
「ほぅ? 何故?」
「私がおりますからね」
「優秀な部下を持つというのは、つまらんな……」
 まるきり駄々っ子の言い分である。
「ともかく。彼らは『警察隊』です。凶賊(ダリジィン)の義を通してやる価値はありません」
 その場の雰囲気をぶち壊しにする主従のやり取りに、指揮官は苛立ちを募らせていた。顔を真っ赤にして、背後の男たちに「殺(や)れ!」と、怒鳴り散らす。
 男たちは、どいつもこいつも、ひと癖ありそうな面構えをしていた。指揮官よりも遥かに上背が高く、丸太のような腕をしている。
 横幅だけは立派な指揮官が、当然のように偉ぶって大男たちに命令する。滑稽な情景であったが、本人だけはそれに気付いていなかった。
「鷹刀の総帥の首を上げれば、お前たちの総帥もさぞ喜ぶだ……」
 指揮官の言葉が途中で止まった。
 彼は、突然、自分の脇腹に走った鋭い熱に、疑問を持った。地獄の業火に灼(や)かれるような熱さ。
 ――それが熱さではなく痛みだと気付いたとき、彼は信じられない思いで、自分の脇腹に手を当てた。そこからは赤黒い液体があとから、あとから流れ出ていた。
 驚愕と憤怒がないまぜになった顔で、その痛みをもたらしたナイフと、その所有者を見る。
「な、ぜ……?」
「私たちは、『あなたの』監視役だったんですよ」
 その声は耳元で聞こえた。離れた壁際に立っていたはずの大男のひとりが、すぐ隣りにいた。
「私たちの目的は『鷹刀イーレオの身柄の確保』です。誘拐犯が駄目なら、指揮官傷害の現行犯逮捕でよいでしょう」
 ナイフに付着した血糊を、指揮官の制服の肩で拭い取り、男は涼しい顔で言った。頬から首筋にかけて、生々しい傷跡のある巨漢である。
「どうい、う……意味……だ?」
「頭が悪いですね」
 巨漢はわざとらしく溜め息をつく。
「あなたの存在は、『貴族(シャトーア)令嬢誘拐事件』が成立しなかったときの保険だったんですよ」
「……! 『八百屋』が……、失敗した……ときの、手、というのは……?」
 貴族(シャトーア)の娘を替え玉と言い張って殺害しようとした、あの男のことではなかったのか? ――指揮官の頭が混乱する。
「『八百屋』の失敗も含め、何らかの事情で『誘拐』が否定されたときの、別の罪状を用意しておいたんですよ。『日頃から警察隊といがみ合っている鷹刀イーレオが、些細なことで指揮官と口論になって襲いかかってきた』――『指揮官傷害事件』をね」
「あの娘、が……、替え玉、というのは……?」
 指揮官は、濁った目で巨漢を見上げた。
「あの娘は『誘拐』が嘘であることを知っています。それでも『誘拐』されたとして助け出される気があるのなら、それでよし。けれど、邪魔をするようであれば、替え玉として始末するように指示を出しておいたんです。貴族(シャトーア)の権力は厄介ですからね。迂闊に斑目の名でも出されたら面倒です」
 結果として、彼女の言動は、まったく予想外の方向に行き、斑目一族の名前は出なかったのであるが――。
「……っ!」
 指揮官は目眩を感じた。体を支えるものを求めて、右手が空を切る。出血がおびただしい。
「急所は外してあります。少々痛いかもしれませんが、命に別状はありませんよ」
 粗野な外見に反しての、巨漢の慇懃無礼な口調。
「あなたが死んだら、鷹刀イーレオの罪を告発する者がいなくなってしまいますからね」
「き、貴様……」
 指揮官は男に掴みかかろうとするが、憤りよりも痛みが上回った。脂汗を流しながら、その場に膝を付く。意識を保っているのもままならない。
 そんな指揮官を鼻で笑い、傷跡の巨漢の目線が、チャオラウを通り越してイーレオに向かう。
「鷹刀イーレオ、指揮官傷害の現行犯で逮捕します」
 巨漢がナイフを懐にしまい、代わりに手錠を出してくる。
 それに対し、イーレオは慌てる様子もなく苦笑した。
「おいおい、指揮官殿は今、俺の目の前で、お前のナイフに刺されたぞ?」
「いいえ。指揮官がそのように主張すれば、これはあなたの罪になります」
 そう言って巨漢は、まだ新しい頬の刀傷が、ぱっくりと開きそうなほど、醜く顔を歪ませる。
「随分と勝手な言い草だな」
「それが世の中というものですよ」
 彼が、さっと手を上げると、壁に並んだ大男たちが、一斉にイーレオに銃口を向けた。
 イーレオの目元から、すっと笑みが引いた。細身の眼鏡の奥の目が、冷たい海の色になる。彼は節くれだった長い指先で、さらさらとした自らの黒髪を掻き上げると、「チャオラウ」と、護衛の名を呼んだ。
「その男を捕まえろ」


作品名:第五章 騒乱の居城から 作家名:NaN