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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 敷布に座った紫苑がまだ困惑しながらも、笑顔で手を差し出して黒羽はその場で握手する。
 緋梛や白雪に聞いていた通り、紫苑は清々しい少年で言葉や所作が青竹のようで話していて心地いい。
「蒼壱お兄様ー。紫苑お兄様も来たから食事にしますわよ」
 白雪が呼びかけると、蒼壱がゆらりと動いて敷物の上に広げられた料理の数々に向かって歩いていく。
「じゃあ。食事にするか。来る前にちょっと食べたんだけどよ、全然足りなくてなあ」
 それぞれの派遣先に合わせた幾種類もの料理の内、黒羽は馴染んだ肉饅頭を手に取る。他にはパンに野菜と肉を挟んだ物が多い。ただ一口にパンと言っても形状は様々で、中に入っている具材も全く違う。
 大量に用意されたそれらの食事を神子達は次々と口に運んでいく。霊力の高い彼らは総じて大食漢である。
 最初はそれぞれ馴染んだ料理を食べていたが、初めて口にするものにも手を伸ばしていく。話題は見慣れない料理がなんなのか教え合うなど、食べ物のことばかりだった。
「顔合わせて具体的に何するか考えてなかったなあ」
 羊肉の串焼きを食べつつ、黒羽はつぶやく。しかし、みんなでこうしてわいわいと食事をするだけでも楽しいものだ。
「わたくしこういう食事会をしてみたかったから、嬉しいですわ。蒼壱お兄様も楽しい?」
 白雪の呼びかけに声を発せない蒼壱がしばし考えて、悪くないといつも持っている紙に書いて返事した。
「そうね。兄弟で集まるなんて滅多にないわよね。あ、あたしも羊肉ちょうだい」
「黒羽姉さんはつい最近まで俺達のこと知らなかったんだよな。そのうち全員で、集まれたらいいな……」
 紫苑が言うように、神子の七人のうち五人しかこの場にいない。一番下の緑笙は一度死んだアデルに肉体を乗っ取られ、そうして白雪と同じ歳の蘇芳という少年はずっと眠り続けているということだ。
『総局長達の意向によって、私達が集まることすら困難となるかもしれない』
 蒼壱が文字を掲げる。
「あたしはアデルの奴にはつかねえ。……紫苑と兄貴は西部局だったな」
 西部局に所属している蒼壱と紫苑は本局長とアデルの手の内から逃げるのは難しい。
『私はは剣がない。失敗作にアデルは興味を示さない』
 かつて魔剣と霊力の波長を同期させる実験で声と剣を失った蒼壱が紙を掲げる。
「俺は、緑笙が心配だからな。それに、総局長とカイル様は悪い方達じゃないってまだ思ってる……」
「そうか。まあ、アデルの野郎はともかくあたしは本局長とカイルのことはほとんどしらねえからな」
 黒羽は本局長のことは姿を見たことがあるぐらいで、その側近であるカイルという神剣の分家の男には少しの間剣を教えてもらったことがある。
 アデルのことは許せないが、まだ従ってふたりに敵意を向けるだけの感情はまだ湧かなかった。
「少なくとも、全員アデルのいいなりにはならないわ。一番心配なのは姉さんよ。アデルが今一番干渉してきてるのは姉さんなんだから」
「そこはなるようになるだろ。アデルの奴をどうにかしねえことには始まらねえ。どこにいても、誰もアデルの奴の思い通りにはならない。緑笙は取り戻す。蘇芳もきっと目覚めさせられる」
 兄弟全員の意志は同じだろうと、黒羽は兄と弟妹の顔を見渡すと彼らはもちろんとうなずいた。
 そしていつか七人全員でこうして食事をすることを願って、賑やかな食事会を再開したのだった。


***

 絶対的な女神という唯一神に従った魔族。そして監理局は女神の意思を引き継ぎ、魔族を監理する者。魔族は監理局という組織には絶対に勝てない。
 その認識が覆された。
 一月半前、砂巌国に位置する東部第二支局が魔族に襲撃され局舎は壊滅状態となった。
 前代未聞の事態に監理局上層部では西部総局長と東部総局長以外は知らなかった、監理局創設に関する隠された事実が全ての神剣の宗主家と分家に知らされることとなった。
 そして各宗主家がそれぞれ分家の当主らと話し合い、意向がやっとまとまったということで宗家会合が開かれた。
「全て真実という確証はありません。ですが、全てが嘘というわけではないということも確かです。東部局はこの事態を一刻も早く収束させ、監理局をこれまでどおりのものとして維持運営していく意向です」
 東部局を統括する東部総局長である藍李は、東西南北の総局長が集う宗家会合の場で淡々と自分の意見を並べる。
「東部局はご先祖様が山ほど神様達殺して、無理矢理従わせた神様を魔族って名前を変えたっていう事実隠して、女神様から崇高な指命を頂いてるなんて嘘、突き通すわけだ」
 北部総局長のオレグが机に肘をついてぼやいた。
「始めの神殺しは従う主君を選んだことと同じだ。戦争に正しいも間違いもない。しかし、主たる女神を裏切った理由がわからない。わからないが、私は神よりも人間を護ることが最優先事項と考える」
 低い声で進言したのは三十半ばほどの大柄な褐色の肌の男、南部総局長であるサービルだった。その傍らには跡継ぎである息子のハイダルも緊張した表情で控えている。
「ということは、南部は女神様にお許しいただくために協力するでいいのか」
「いや、私は東部の考えに同意する。多くの犠牲が出るという前提で、一部の人間だけが助かると言っても保証はない。今、わかっている協力するということは神々の復活のために多量の瘴気を発生させることだ。それだけは瘴気から発生する妖魔を護る監理局として、決して許していいことではない」
「保証はないかもしれない、だけど全滅するよりはいいだろう。これ以上神様相手に喧嘩売るのは得策じゃない」
「本当に救われるかどうか、救われたとしてその後にどんな扱いを受けるかもわからない。貴殿が護るべきと考える物と、私が考える護るべき……」
 オレグと応酬を続けていたサービルが不意に言葉を途切れさせて、眉間に皺を寄せる。そしてその表情はすぐに苦悶に変わり。彼は胸を抑え激しく咳き込み始めた。
「父上……!」
 ごぼりとサービルが黒ずんだ血を吐いて、彼の背をさすっていたハイダルが動揺を見せる。
「南部総局長、退席してしばし休養を」
「そうですわね。サービル様は無理をなさらないで、ハイダルに代理を」
 先に本局長のランバートがサービルを気遣い、藍李も大柄な体を丸めて苦痛に耐える姿に沈痛な表情でうなずいた。
「神様の呪い、だな。俺より進んでるから相当苦しいだろうなあ。それが綺麗に治るなら、悪くない話じゃないか」
 誰もがサービルの体調を心配する中、たったひとりオレグが嘲笑を浮かべる。
 神剣は本局に集まってくる世界の瘴気を浄化するが、全てを浄化しきれるわけでもなく妖魔が生まれるのだ。それでも人の手でどうにか駆逐しきれるほどには減る。しかし使い手にも負荷が大きく次第に体が内から腐っていく。
 それを『腐蝕』と呼ぶのだ。
 三十前後になるとそれが体調に表れはじめやがて血を吐く。そして五年を過ぎる頃にはほとんど寝台から起き上がれない状態になり四十前後で没する。
 ただこれはただの瘴気の影響でなく、神々の怨嗟による呪いだという。
「……己の身のことはかまわない。人々を神々の怒りから護るための苦痛ならば受け入れる」
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: