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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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 水盆の深さはどう見ても大人の男の腰ぐらいまでしかないはずだというのに、一瞬でデヴェンドラの姿は消えた。
 ニディが離れて中を覗き込んでも、そこには睡蓮が漂っているだけだった。

 ***

「いったい、何があったんすか?」
 黒羽はニディを屋敷の者に預けた後、屋敷の一室で他の局員達と合流しアマン課長に事の成り行きを訊ねる。
 漓瑞も屋敷内にはいたが他の魔族と話していて彼も何が起こったのかまったくわからないということだった。
「とりあえずあの庭師の顔ぐらいは確認しとこうと思ったんですよ。それで実際に一階でそれとなく通りがかって挨拶したとき、どっかで会ったことがあるなと引っかかった。で、窃盗団の頭だと気付いた時、向こうもしまったと思ったらしくて逃げ出したんです」
 なぜかデヴェンドラが二階へと逃亡して、そして庭へと飛び降りたという。二階に一度上がったのはおそらくアマン課長をまくためだったのだろう。
「彼は武器をどこに隠し持っていたのですか?」
 庭師が帯剣しているのは不自然すぎるのではないかと、漓瑞が首を傾げる。
「それがわからないんですよ。確かに奴は最初何も持っていなかった。任意で引っ張ろうと思ったが、こんな結果になって申し訳ない」
 アマン課長が深々と謝罪して彼の部下達や黒羽は、あれは予想できない事態で仕方ないと彼の責任を問わなかった。
「しかし、水の中に消えたというのは魔族の能力なんでしょうか? そんなことができる能力を持った魔族は聞いたことがないです。本局ではそういう話は?」
 支局員のひとりが黒羽と漓瑞に前例はないのかと視線を向けてくる。
 姿を消せる者をふたり黒羽と漓瑞は知っていたが、どちらも人間で言えるはずもなく自分達は知らないと首を横に振るしかなかった。
「本局に過去に同じ事例がないか問い合わせしてみます。事情を知っていそうな御嫡男はまだ何か話せる状態ではないでしょうか……」
 漓瑞が渋るのに、黒羽もそうだろうとうなずく。
 屋敷の者に引き渡されるとき、ニディは泣くのを堪える顔をしていてとても傷ついた様子だった。局員達に心を開いて話してはくれないだろう。後は父親に話すのを待つか、少し時間を置いて慎重に聞き出すしかない。
 そして数名の局員がデヴェンドラについての詳しい聞き込みに残り、黒羽と漓瑞はアマン課長と共に近くのデヴェンドラの住まいと届け出が出されている共同住宅へと向かう事になった。
 商人達の住宅街の側にある林を抜けると、こぢんまりとした石造りの家や集合住宅が密集し道も舗装されていない下級層の住宅街になる。
 デヴェンドラの住んでいるという三階建ての石詰みの共同住宅は、どこか蟻の巣のような印象を受ける粗末なつくりの小部屋が並んだ雑な作りだった。廊下や階段も狭く住み心地はよくなさげだ。
 かんぬきもあるものの木の扉はすぐに蹴破れそうなほどに脆そうだたっが、二階の隅のデヴェンドラの部屋の扉は開いたままで無理に押し入る必要はなかった。
「なんにもねえなあ」
 部屋の中はおおよそ生活感のあるものではなかった。大人ふたりがなんとか寝られるだけの狭い部屋の隅には敷布と上掛けがぽつんと置かれ、その傍らに水瓶がひとつあるだけでほとんど物がない。
「時々寝泊まりに使っている程度といった所でしょうか。水瓶が少々不自然ですが……」
 漓瑞が口の広い水瓶の蓋を取ってみる。しかし中は水が一杯に入っているだけだった。アマン課長も敷布をはぐって床を確認するが、何があるということもなかった。
 これ以上家捜しは無益だと、手分けして在宅している他の住民にも聞き込みをすることになった。
「移動の条件は水を湛えた器でしょうか」
 ふたりきりになった時、漓瑞が声を潜めるのに黒羽はああ、とうなずく。
「アデルの奴は影から出入りしてたんだっけか? でもグリフィスは扉が見えてるだけだったよな」
 自分達が知る特殊な移動手段を持ったふたりは、それぞれ微妙に手筈が異なる。
「アデルに近いと思います。女神に器を返すという話から旧世界絡みと思ってもいいでしょう」
「あたしらの担当で間違いないな。あいつが持ってた剣も、アマン課長が話してたまんまで神剣みたいなかんじがしたな。直接剣を合わしてみねえとわかんねえけど、お前の能力とも違うと思う」
 瘴気を浄化する能力は漓瑞も持っているが、肌で感じた感覚は神剣の方に限りなく近かった。
「そもそも神剣の成り立ちも伝承に残っているとおりとも限りませんし、分家の神剣の出所は不明に近いですからね。こちらは藍李さんに探ってもらうしかないでしょう。ああ、いけない聞き込みをしませんと」
 ふと漓瑞が今の仕事を思い出して、黒羽も聞き込みに動く。昼間でどの部屋もひとり住まい程度の広さということもあり、二十一部屋の中で人がいるのはわずか五部屋だけだった。
 住人同士の付き合いもあまりなく、魔族が住んでいることは知っていても顔を合せたことのない者の方が多かった。ちょうど真下の階の住人も上から物音がしたのを聞くことはほとんどなかったという。
「こりゃ手がかりらしいもんはなんにもないな。やっぱりあそこで取り逃すんじゃなかったな」
 アマン課長が心底悔しそうに拳を握る。
「顔を覚えられただけでも十分でしょう。後は潜伏場所付近をしらみつぶしに調べるしかありません。私達は先に支局に戻って本局に報告したいのですが、よいでしょうか?」
 漓瑞の言葉にすまなそうな顔でアマン課長がもちろんと許可をくれた。
「変わった能力を持った魔族ですから、本局の方から情報提供があると助かります。俺達は範囲を広げてこのあたりの聞き込みも念のためにして夕刻には戻ると、局の方に伝えて下さい」
 そして黒羽と漓瑞は集合住宅を出て支局へと引き返す。
「……なあ、ところで支局までの道、覚えてるか?」
 先に外に出た黒羽はふと立ち止まって真顔で漓瑞を振り返る。ネッドの屋敷の方向はぼんやり思い出せるのだが、帰りつける自信がなかった。
「大丈夫です。覚えていますからついてきてください」
 漓瑞が苦笑して前に出てくれたので、黒羽はほっとする。
「こういう普通の道ですらあたし、すぐには覚えられねえけど旧世界の道って迷わねえのかな」
 実際にアデルやグリフィスがどんな道を辿っているのか全く想像がつかないものの、分かりやすい目印などがあるのだろうか。
「私が使っていた道は全ての道が聖地の一点に繋がっていたので、どの道がどこの出口に繋がっているのか知っていれば迷うことはありませんでした。祖先からの受け継いだものといえば、渡し人と似たものかもしれません」
「なるほどなあ。そういや渡し人がなんで水路を知ってて使えるのかもわかんねえなあ」
 局員の移動手段としてあまりにも当たり前すぎて、特殊な水路とその道を知る渡し人の一族について気にかけたことがなかった。船頭を務める渡し人達も寡黙であまり話したことがない。
「今まで当然だったもの、当たり前のように信じてきた監理局の伝承はもう信用はならないですね」
「全部嘘って訳でもねえだろ」
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: