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盗賊王の花嫁―女神の玉座4―

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「私は監理局の定める規律に反したのです。職務は性に合っていましたが、かといってとりたててこだわりもないからこそできたことだと思います。私は局員としての復帰は望みませんよ」
「そうか。じゃあ、なんか他にやりたいこととかあるのか?」
 訊ねると、漓瑞の表情がふっと真摯なものに変わった。
「……黒羽さん、この一件が終わったらあなたに大切な話があります。とても大事なことなので、もっと時間が取れて落ち着いた時に。今から、言っておくこともないと思ったのですが、私自身、また先延ばししてしまいそうなので」
 言葉を濁しながらも視線だけは逸らさない彼の表情は今までになく深刻だった。
「今は、できない話なのか」
 それがとても悪い報せな気がして胸がざわつく。
「ええ。今は、様々な余裕がないかと」
 漓瑞が口を開いてくれる様子はなかった。
「絶対、話してくれるんだな」
 今すぐ問いただしたい気持ちはあっても、漓瑞が話すというなら話してくれるという信用もあった。
 必ず、と漓瑞が答えて黒羽はぐっと言いたいことや聞きたいことを全部を呑み込む。
 辛抱強く待つのは苦手だけれども、漓瑞への信頼の方が勝っていた。
「じゃあ。早いところ解決しないとな」
 とはいえのんびり待ち続けられるほどの余裕はなく、最短の道は今の事件を解決するしかない。
 そしてふたりで事件の方へと頭を切り換えて、あれこれ話していると商人のネッドが局に訊ねてきたという報告が入った。
 用件は行方不明となっていた娘からの手紙が届いたということだった。少し話をするので同席するかと訊ねられ、ふたりは是非にとうなずいた。

***

 魔族監理課の奥にある応接室へ黒羽と漓瑞が入ると、すでにアマン課長とネッドが一通の手紙を前に話し込んでいた。
 ネッドへ断りを入れて書面に目を通すと、突然の駆け落ちを詫びる文と弟を気づかう文で書面のほとんどが埋められていた。最後の方には落ち着いたら必ず夫婦で顔を出すとの文面もあった。
 屋敷の暮らしほどの贅沢はできなくとも、十分に幸せな暮らしが始まっているらしかった。
「相手に心当たりはあるんですか……?」
 黒羽が訊ねると、ネッドはうつむいたまま小さくうなずいた。
「例の、庭師だそうだ。ネッドさん、駆け落ちだろうとは思っていたそうだが、娘さんの体面もあれば下手に騒いで相手に逃げられてそれこそ手がかりが何もなくなったら困ると思ったそうです」
 アマン課長が先に聞いていた話を説明して、ネッドが小さな声でもうしわけないと答えた。
「最初は本当に誘拐かとは思ったのです。あの大人しい子が家を出るなど考えもしませんでした。しかし、冷静に考えればそうとしか思えず。時間を置けばあの子も考え直して家に戻って来るのではないかと考え、その時に駆け落ちでなく誘拐であったなら娘の体面が保たれると局員の皆さんには本当にご迷惑をおかけしました」
 平身低頭して詫びるネッドを誰も責める気にはなれなかった。
「今の所は、まだ考え直してはいなさそうですね」
 漓瑞が手紙に目を落として困り顔になる。
「結婚したい相手が魔族の方と聞いて、私もずいぶん説得しました。どうしても娘の方が先に老いて死んでしまう。時間の流れが違うことにいずれ、お互いが辛い思いをすることになると言い聞かせたのですが、それでも一緒になりたいとの一点張りで。幼い息子と母親代わりの娘と引き離すのは可哀相だと結婚を先送りにしすぎた私も悪いのです。こんなことになる前に嫁がせていれば……」
 父親の言うことは正論ではある。魔族と人間が深く関わるときに寿命の違いが、悲しみや寂しさをいずれ呼ぶ。
 黒羽は漓瑞の横顔をちらりと見つつ、今はなんともないけれどやはりそうしたことは出てくるのだろうかと思う。
(身長はとっくに追い越しちまったよなあ)
 初めて会った頃から自分の体はずいぶん成長したけれど、漓瑞はほとんど変わらない。
「ネッドさん、その相手と思われるデヴェンドラについて詳しく聞かせてもらえませんか?」
 アマン課長が問うと、ネッドが素直に答える。
「とても腕のいい庭師です。庭木も花も彼が手入れするようになって見違えるほど美しくなりました。物腰が丁寧で穏やかな青年で、ニディの遊び相手もよくしてくれていました。もし、彼が人間であれば私も悩みはすれど、娘の幸せを考えて一緒にさせたでしょう」
 庭師のデヴェンドラは話を聞くだにまっとうな人柄で窃盗団に繋がりそうな所はなかった。
「そうですか。今日は、わざわざありがとうございます。娘さんの件はまた時間を置いてみてみましょう。こちらからは駆け落ちとは口外しません。窃盗犯の捕縛に我々はこれから全力で尽力していきますので」
 アマン課長が言うのに、ネッドが何度も頭を下げて例と詫びを口にして大事そうに娘の手紙を懐にしまって帰っていく。
「さて、俺らは庭師を張るか。怪しくない奴ほど怪しいっていうことはよくありますからね」
「そうですね。今はあまり事を大きくせずに泳がせておく方がよいでしょう」
 アマン課長と漓瑞のやりとりを見て、黒羽は改めて自分にこういったことは無理そうだと思った。

***
 
 局舎の外側に面した引戸が開放された食堂は座卓がずらりと並んでいる。この国では椅子に座るよりも床に座ることの方が一般的らしく、食堂や宿舎には椅子がほとんど置かれていない。食堂は絨毯もなく、藁編みの円座が無造作に置かれている。
「慣れてくると美味いよな、これ」
 二晩目の夕餉を口にしながら黒羽は香辛料の混じり合う独特の風味に舌鼓を打つ。
 細長くぱさついた米を盛った皿に、野菜炒めや煮込んだ肉、豆や芋を似たものなど数種類の料理を好きに乗せるのがここの食事の基本だそうだ。様々な香辛料を使っていて、癖のある慣れない味に最初は戸惑った。
「私は少々、苦手ですね」
 食事を頻繁に取る必要がない魔族の漓瑞も今日は食べてはいるのだが、口に合わない香辛料が使われている料理が多いらしい。それでも黙々と口にしている。
「そういやお前、癖の強いのとか味が濃いのは苦手だったな。でもあたしも子供の時こういうの苦手だったけっか?」
 おぼろげな記憶をたどってみると、子供の自分なら食事が合わなくてがっかりしていた気もする。
「そういえば苦みや辛みが強いものはあまり食べたがりませんでしたね」
「だったよなあ、辛いのは今も好きじゃねえけどちょっとぐらいなら食えるようになったな……。美味いと思えるもんが増えるっていうのはいいもんだな」
「そうやって少しずつ成長していくんですね」
 漓瑞がしんみりとつぶやいた。
「お前もまだもうちょっとは変わるんだろうけどなあ」
 歳の割に漓瑞の外見は幼い。個人差があるとは言え、六十を超した魔族なら青年姿になっていそうものだがまだまだ十代にしか漓瑞は見えない。
「魔族の成長は急に始まることはありますから。黒羽さんはここからは外見はゆっくりでしょうから数年で追いつけるかもしれませんよ」
「でも、あたしの方が先に歳くうよな。だけどよ、婆さんになってもあたし、お前に無茶すんなって言われてそうだよな」
「そこは、言わせないでいただきたいのですが……」
作品名:盗賊王の花嫁―女神の玉座4― 作家名: