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安堂 直人
安堂 直人
novelistID. 63250
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青春スプレヒコール

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「この子が、今回の脚本を書いてくれた松田さん。部活は文芸部らしいよ」
 私は、今回の脚本に文芸部という保証ラベルが得られたことに、一先ず安堵した。従って、真面な台本である事は確定したと言っても良い。
「私は三組の月島咲良です、春日君とは同じクラスです。宜しくお願いします」
「敬語じゃなくても良いから……気楽にいこうよ。それじゃ、私はこの辺で」
 一度時計の方を振り向いて少し慌てた様子を見せた松田さんは、自分が飲んでいた紙パックの野菜ジュースを手に持った。
「松田さん、この後何か用事でもあるの?」
「うん――先生と打ち合わせだよ」
 冷静な表情を見繕っていた松田さんが席を立って通路を歩き始めたかと思うと、一瞬立ち止まって「頑張ってね」と呟いた。その声が春日に届いたのかどうかは不明ではあるが、恐らく「練習頑張ってね」の意味だと私は受け取った。頑張るね――私は、心の声でそっと返事した。
 演劇が、この黒い【季節】を抜け出して自らの殻を破る方法なのかもしれない――私がこの催しに参加する一つの理由でもあった。

 しばらくすると、その様子に気を取られていた私に春日は例の台本を手渡した。
「これが脚本です。一度読んでみて」
「分かった」


   2


 予め恋愛ものである事は分かってはいたものの、その話はまるで夢物語だった。少なくとも、【季節】の無い世界にいる私にとってはそうだった。

 この台本を軽く要約するならば、ごく普通に生きてきた高校生の優輝が、「学年一可愛い」と評される真央と雨の日に出逢って恋に落ちると、次第に周りに恋の噂が広まっていく。その後、野球部の斎内君に恋していた真央は、その噂が広まるにつれて優輝を突き放すようになる。そして、優輝は真央との接触を何度も試みるが全て不発に終わってしまう。このままではいけないと思った優輝は真央のいる野球部の試合を観に行き、告白を試みるが結果は最悪の結果に……というものである。
 これに目を通した私は、早速話を切り出した。
「……この台本って、結構複雑な話だよね」
「確かにそうだよね――綺麗な三角関係だし、主人公が振られちゃっているし……。恋愛ものなのに、結局ブラックエンドだもんね。因みにさ、君がさっき読んでもらった冊子は厳密には『台本』
とは言わないらしいんだ」
 正直、オール五の私に対して何を突っ込むんだと私の中の悪魔が怒鳴っていそうだが、天使である私の好奇心がこの一言に食いついていた。
「何で?」
「だって、テレビのバラエティ番組を撮影する時に 出演者やディレクターが持っている本を『脚本』とは言わないでしょ、……『台本』じゃん」
 春日は自信満々に自論を展開し始めた。
「確かに、『台本』と『脚本』ではニュアンスが少し違うのかも。語源は『台本』は台帳が変化したもので、『脚本』は脚(あし)――だったよね」
「でもさ、英語ではシナリオ(Scenario)が『脚本』『台本』と殆ど一緒だよね」
「……他にスクリプト(Script)っていうのもあるよね。本当に、不思議だよね――言の葉って」
「さすが学年一位だね」
 あの通知表を見た春日は、私をこう讃えていた。
「違う違う、本当は三位だよ。春日君だって、英語得意そうじゃん……今の成績でも、上には上がいるの」
「こんなに頭良いのに凄いな、月島さんはまだまだ目標があって。あ、そうだ――月島さんの今の目標……いや、夢って何なの? 少し気になるな」
 私はこの一言に対して言葉を返すのを躊躇していた。昔の私なら「女優になりたい」と高々と言い放つことが出来ていただろう。でも、今の私には人に言える夢など無い。素直に「【季節】なんかない世界で、何事も起こることなく、ただ早く時間が過ぎてほしい」なんて本音を吐くのも馬鹿馬鹿しいことだった。
 なので、私はその状況から逃避して話を変える事にした。
「ここ、真央について。学年一可愛いって書いているけど、私で大丈夫なの?」
 その真央は私の演じる予定の役柄でもあった。真央の美貌は、恐らく私では再現できないだろう。本当に適任なのか、どうなのか――それは、キャスティングされた側の私が気になる一つの事項ではあった。
「うん、大丈夫。適当にやってれば良いし、ある程度はメイクで誤魔化せられる」
 春日の言葉を直訳すれば、「君は可愛くない。メイクをすればある程度化ける」となるだろう。普通に考えれば、殆ど初対面の女子に「可愛くない」と堂々と言い切れる彼はまさに変人だが、私自身はこれに言い返せず、不思議と納得してしまっていた。
「……で、『恋人役を演じてほしい』って言ってたのに、何で結局恋は叶ってないの?」
 春日は少し黙ってしまった。

沈黙に落ちた。
何も言えなくなった。
どうすることも出来なくなった。
私にはこの沈黙が長く感じた。
きっと、彼も同じだろうか。
「何事も無く、時間が早く過ぎてほしい」
それが私の願いだった。
そんな愚かな私がいた。

すると、春日は私に寄ってきた。
「……仕方ないよ、これが現実。そう簡単に叶わないよね、ははは」
 春日は再び化け物のような笑い声を上げた。
「そうだよね。現実はそんな甘くないよね。それなら、私も春日君も今頃普通に暮らしているはずだもん」
 春日は少し涙目になっていた。
 私はこの様子を何もせず、ただ見ているだけなのが苦しくなった。
 私がどれだけ愚かなのか。
 現実がどれだけ残酷か。
 そして、私の言い放った言葉がどれだけ人を不幸にしてきたか。
 私は思いを抑えきれなかった。それは、無意識の事だった。正気を取り戻した時、私の手は春日の手を強く握りしめていた。
「行こう」
「……行こう、って何処に?」
 春日は溢れる涙を堪えながら、私に尋ねた。
「決まってんじゃん」

 私の行先は部室だった。
 その理由は、一度だけでも良いから、同じ舞台に立つ人達に挨拶しようと決意したからだった。ただ、長期休暇序盤の今日に演劇部が活動しているという保証は全く無いし、あの春日君が部活内で虐(いじ)めを受けているという話も本人から直接聞いてはいたし、完全に私は賭けに出たような状況だった。まさに、「飛んで火に入る夏の虫」――。私は、自滅を覚悟しつつその場所へと向かった。

 しかし、いざ部室前に着いてみると、意外な事に部屋の電気は歩く灯っており、中からざわざわとした声が聞こえてくるので、少し安心していた。
「失礼します」
 扉を開けると、そこには二、三人の部員らしき人達がいて、手に橙色の冊子を持ち発声練習をしていた。私達が部屋に入ったのを見て、彼らは発声練習を止めてこちらの方を向いた。
「……こんにちは、神谷真央役の月島咲良です。名前と性格が一致しない典型例です」
 名前の通りに私が良く咲き誇っていたのなら問題は無いのだが、結局今となっては名付け主の両親の思いに完全に背いてしまっている形だ。それが長年続いた私は、自然とネガティブになってしまっていた。つまり、私は弱者だった。強者にはなれなかった――少なくとも、人生の上では。
「へえ、君が一年の月島さんか。僕は部長の金崎裕。この部活で唯一の二年生だ。宜しく」
作品名:青春スプレヒコール 作家名:安堂 直人