小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

白線の外側

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 

 あれは俺が高校二年の時だった。
 母が病に倒れ、入院生活が始まった。俺には、歳の離れた兄がふたりいて、その頃はすでに独立していた。つまり母にとって気がかりなのは、末っ子の俺だけだということになる。
 
 俺は、兄たちの影響で小学生の頃から野球を始めた。仕事柄、日曜が休みではない父に代わり、強い陽射しの中、母は毎週のようにグラウンドに足を運んでくれた。そして家に帰ると、泥だらけのユニフォームを洗い、スパイクの土を払い、いつも陰から支えてくれた。そんな母の応援のもと、俺はのびのびと野球少年としての日々を過ごした。
 そして中学、高校と野球を続け、野球部員ならば誰もがそうであるように、甲子園をめざし、毎日練習に励んでいた。
 
 そんなある日、突然母が倒れた…… もちろん俺は病院に駆けつけ、その後も幾度となく病室を訪れた。しかし、その都度病床の母に、ここはいいから練習に戻るようにと追い返された。夏の予選が迫っているのを母は知っていたからだ。
 
 そして、待ちに待ったメンバー発表の日。グラウンドに立つ晴れ姿を母に見せるんだ! どんなに喜んでくれるだろう。何よりの見舞いになるはずだ、俺は固唾を飲んで監督からの発表を待った。
 そして…… 俺は、選ばれなかった…… 母が元気なら、愚痴のひとつも聞いてもらいたかった。あんなにがんばって練習してきたのに、今回は自信があったのに、そして、母さんの喜ぶ顔が見たかったのに、と。
 でも、そんな愚痴どころではない。選手になれなかったことすら言えないではないか。きっと、母は落胆するだろう。入院して、グラウンドへ見に行かれなくなったことをとても寂しがっていた母に、俺は、準々決勝まで進めばテレビで放送されるからと言ってしまっていたのだ。
 メンバーが決まったその日、俺は病室の母に嘘をついた。ぎりぎりベンチ入りになった、と。そして、スタメンではないから、テレビには映らないかもしれない、と付け加えた。
 よかったよかった、と喜ぶ母の顔を、俺はまともに見られなかった……
 
 
 母の容態が一進一退の中、わが野球部は順調に勝ち進んでいった。俺の心境は複雑だった。スタンドで、他の部員たちとともに声援を送りながら、あのグラウンドに立てていたら―― その姿を母に見せることができたら―― そればかり考えていた。
 
 そしてとうとう、準決勝までやってきてしまった。
 地方予選の試合など、ベンチの隅々まで映ることはないし、病床の母がそんな細かいところまで見ることはできないだろう。
 俺が怖かったのは嘘がばれることではない。あの母に嘘をついてしまったことだ。いくら、落胆させないためとはいえ、嘘をついていいはずがない。その方がよほど、母をがっかりさせるに違いなかった。
 正直に言えばよかった…… そうすれば母はきっと、残念だったね、でもおまえががんばっていたのはわかっているよ、そう言ってくれただろう。俺は心から後悔した。
 その時、俺は、ふと思いついた。嘘でなくせばいいのだ、と。ベンチの中は無理でも、ベンチの外なら……
 
 
 準決勝のその日、俺は背番号のないユニフォームを着てベンチ横に座っていた。前日、部長や監督に直訴して、急遽ボールボーイにしてもらったのだ。もちろん、経緯は説明した。母の病が深刻であることも。それは嘘ではなかった。ここ数日容体が思わしくなかったのだ。
 
 その日の試合は投手戦となり、なかなかボールが前へ飛ばない。自然とファウルボールが多くなり、俺の出番も増えることとなる。白線の中にこそ入れないが、その外側で俺はボールを追って走り回った。そして、チームはその投手戦を制し、なんと決勝にコマを進めた。
 歓喜の中、俺は後片付けに追われ、なかなか仲間たちと合流することができなかった。そして、やっとユニフォームを脱ぎ、チームのみんなと勝利を喜んでいると、下の兄の走ってくる姿が目に飛び込んできた。
 
作品名:白線の外側 作家名:鏡湖