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俺はキス魔のキッシンジャーですが、何か?【第一章・第二話】

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「た、試してみれば。こ、これはあくまでも実験であって、男女間柄のキスじゃないんだからねっ。」


目を瞑ったふたりは同時に赤い顔を近づけ始めた。ほんの少しずつ距離が縮まる。20センチ、15センチ、10センチ。


「楡浬。覚悟はいいか?」


大悟は動きを止めて、楡浬に話しかける。楡浬は目を閉じたまま。


「もう、いちいちしゃべりかけないで。アタシも清水の舞台をぶっ壊して大地に転落したんだから。」


「それじゃあ、死んでるだろ。」


「いいから、続けなさいよ。は、恥ずかしいんだからねっ。」


「わ、わかった。」


今度は大悟のみが稼働を再開し、楡浬は停止したままで待ち受け状態。大悟の動きを荒くなった吐息がせき止めているようにも見える。しかし、大きな深呼吸をして、大悟は緩慢ながら動き出した。8センチ、6センチ、5センチ。


「今何時だ?」


「3時よ。」


「2センチ、1センチ。」


「違うわ!なにジタバタしてるのよ。まだ3センチあるわよ。」


「そうだっけ?」


「算数もできない、幼児プレイだわ。」


「こういのも幼児プレイと表現するんだっけ?とにかくあと3センチだな。 ・・・2センチ。・・・」


大悟の顔前進速度が落ちてきた。


「ピッチャーで、初速は速いがホームベース上が遅く、『伸びがない』棒球の如し。そんなボールはすぐに打たれてプロ野球では通用しないんだぞ。」


「なに、独り言兼戯言を言ってるのよ。ちゃっちゃと終わらせなさいよ。」


「わかったよ。」


楡浬の言葉に吹っ切れた大悟が一気に動いた、その時。


「ガアアア。」
野獣のような雄叫びが大悟たちの鼓膜を強烈に震わせた。大悟にキスされて倒れた女子は気絶していたが、いきなり起き上がり大悟に立ち向かってきたのである。すでに人間の姿ではない。


「こいつは饅頭人だったんだ。倒し方は密着?どうすれば?キスなんかじゃないだろう。饅頭人になにか働きかけないと。物理的な攻撃がいるのではないか?」


スーパーでどれがいちばん単価が安いかを計算するようなおばちゃん的思考を巡らしてるうちに、饅頭人が襲いかかってきた。
大きな口を開けて迫る饅頭人が楡浬をガブリとやった瞬間、饅頭人の口が止まった。熱魔法が唯一得意である楡浬のからだからわずかに湯気が出ている。熱に饅頭人が怯んだようだ。


「今の隙に饅頭人対策を考えるんだ。」


「・・・うん。」
楡浬は拙い魔力を使いきり、余裕がなかった。


「おんぶズマンとか言ってたな。態勢のことを言ってるんだよな?おんぶって、こうか?」


「それはお姫様抱っこよ!それにどこ見てるのよ!」


ミニスカでお姫様だっこすると、スカートめくれ率が急速上昇することは力のモーメント計算でも明らかである。
楡浬を下ろした大悟は、一休さんポーズ。
「そうか、背中に抱えればいいんだな。」


当たり前の思考回路に方向転換。背中を楡浬に向けた。


「早く乗れよ。」


楡浬はやや俯いて、返事をしない。


「おい、今がチャンスなんだぞ。饅頭人が復活したら元の木阿弥だ。」


「でもこの態勢だと大悟が悦楽の境地を堪能して、猥褻の底なし沼という未来へ旅立つだけじゃないの。」


「猥褻目的じゃない!それにおんぶしても背中に肉体的圧力を感知する可能性はナノレベルだ。」


「なんて失礼なことを。いいわよ。やってやるわ。アタシの必殺バストライカーをとことんみせてやるわ。吠え面かいて、大粗相しても知らないわよ。」


「大はない。せいぜい小粗相にとどめてやる。」


「なによ、小って。まあいいわ。背中に乗ってやるわよ。アタシが上に乗るという栄光に浴しなさい。」


「栄光じゃねえ。屈辱だ!」


楡浬はゆっくりと中腰姿勢の大悟の肩に手をかけた。意外に広い筋肉にちょっと気持ちが揺らいだ楡浬。少しからだを震わせながら大悟の背中に胸を合わせる楡浬。


「しっかり密着してくれ。」


「ちょっと、もう恥ずかしいくらいくっつけてるんだけど。」


「はあ?何の感触もないんだけど。」


「背中ひん剥いて殺すわよ。広背筋は面積が大きくて剥ぎ応えがありそうだわ。」


「があああ。」
ふたりがまごついている間に饅頭人が大悟に噛みついてきた。


「いてえ!それにネバネバして気持ち悪い!」


噛まれたショックでおんぶズマンは解体され、ふたりは路上に投げ出された。それを触手のような眼で見ていた饅頭人は四本の脚を蠢かして楡浬のところへ向かう。


「ち、近寄らないで。アタシなんかを食べたらお腹がきれいにすっきりなってからだに良すぎるんだからねっ。」


 ピンチな状況においてもプライドだけは完全キープしている楡浬。
饅頭人は、上半身から枯れ枝のように伸びる腕を盆踊りするゾンビのように楡浬にじわりじわりと近づける。饅頭人の表情はわからないが、淫靡な空気に包まれているように見える。


「グア、グア、グア。」
 饅頭人の腕が楡浬のスカートの方を指している。


「ちょ、ちょっと、待ってよ。ま、まさか、あんたの狙いって、ここ?い、いやだわ~!」
 クロワッサンのようにねじ曲がった指は後ずさりする楡浬の下腹部をフォーカスして、トッププロゴルファーのパットのように正確にアプローチしていく。さらに恐怖で震えるスカートを容赦なくめくりあげ、その下にある無抵抗なウサミミイラストのゴムに指をかけた。


「オレは饅頭大食い選手権で優勝したスーパーヒーローだぁ。矢でも饅頭でも持って来い。食べるのは饅頭。矢で串刺しして饅頭三姉妹でも四姉妹でも食い尽くして萌え尽くしてやるぞぉ~。」


楡浬から5メートル離れた地点で倒れていた大悟は頭を強く打って意識が泳いでいた。ちなみに饅頭大食い選手権なる大会は実在しない。苦悶する楡浬は横目で大悟を見ながら唇を噛みしめている。


「あのバカ。こんな時にアタシを助けないでいつ助けるのよ。」
饅頭人は楡浬のパンツをがっしりと掴んで、下ろそうと少し肌から引き離した。


「大悟っ。許嫁として認めるから、助けて~!」


「認める、許嫁だと?」


聞き飽きていたフレーズだったが、楡浬の断末魔の叫びは大悟の魂を揺り動かすのに十分だった。
大悟は圧倒的な瞬発力で立ち上がり、楡浬を襲う饅頭人を捕まえて、からだを引きちぎった。腕をもがれた饅頭人はたまらず横転した。
『ぐにゃぐにゃぐにゃ』という耳障りな雑音と共に千切れた部分はすぐに再生された。大悟はふたたび自分の手をカギ爪のように使って、饅頭人の胴体を引き裂いた。やはり饅頭人のからだはすぐに復活した。


「このままじゃ埒があかないわ。大悟の日常と同じじゃない。この役立たずの昼行灯。許嫁って言葉なんて歩かない辞書にしか載ってないわ。」


歩かない辞書はごく普通にどこの家にもある。助けられたことにお礼もなく悪口雑言を大悟に浴びせる楡浬。


「そんなこと言われても、オレは魔法を持ってないし。むしろ楡浬の方が髪の毛一本くらいは攻撃力があるだろう。」


「どこが髪の毛一本よ。三本ぐらいはあるわよ。」