小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

続・雨降り~七夕はいつも雨~(掌編集~今月のイラスト~)

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 

「ううん、男性……十年勤めてるけどまだ資格が取れないで居て、事務所の中ではちょっと影の薄い人だったけど、親切な人でね、何でも相談に乗るからって言われて、彼と喫茶店で向き合った時、洗いざらい喋ってしまいたいと思ったけど、相手は所長だし、私、結局何も喋れないで泣き出しちゃったのよ……涙が一粒落ちたのがわかったらもう止まらなくなっちゃって、子供みたいに声を上げて泣いちゃった……他のお客さんにはチラチラ見られるし、彼、相当バツが悪かったと思うけど、何も訊かないでただただ慰めてくれてね……その時、堕胎を決心できたわ……男の人を見る目がなかったんだと自分でも思う」
「その人を好きになったとか?」
「そこまで単純じゃないわ、ただね、離婚協議に不利になるから堕してくれって言った所長と、自分には何も関係がないのに、恥ずかしいのを堪えてただ慰めるためだけに側にいてくれた人……どちらを選ぶべきなのかやっとわかったってだけ、私、自分はもっと賢いつもりで居たのよ、いつだって理詰めで最良の道を選べるんだと思ってた……でもそうじゃないんだ、理屈なんてあふれ出す感情の前では無力なんだってわかった、そういうことよ」
「それは一つ賢くなったってことかもな」
「そうかな? そうは思わなかったけど、そういうことなのかもしれないわね……もう少し話してもいい? 少し生々しくなるけど……」
「当たり前だろ? 俺から洗いざらい話してくれって言ったんだから」
「もう妊娠15週位になってたから、堕胎って言っても半ば出産に近いのよ、いろんな検査を受けて、処置を受けて、いよいよ麻酔をかけられた時にね、お腹の中で赤ちゃんが動いたの……それまでそんなこと感じたことなかったのに……その時、急に赤ちゃんが愛おしくなって、結婚なんかどうでも良いからこの子をちゃんと産んで育てたい……そう思った……ううん、思ったなんてレベルじゃなくって、私が間違ってた、私の赤ちゃんを殺さないでって叫びたかった……でもね、もう麻酔が効いて意識もなくなりかけてて、体も動かなくって……殺さないでって、勝手な言い分よね、自分でそう決めてお医者さんにそう頼んだんだから……気づくのが遅すぎたのよ、お腹の赤ちゃんはこの世に生まれてこようと一生懸命育ってたんだって、経過はどうでも、私をママに選んでこのお腹の中に来てくれたんだって……麻酔から醒めた時、もう私のお腹の中に赤ちゃんはいなかった……看護婦さんに赤ちゃんを見ることも出来るけどどうしますか? って聞かれたわ、でも、とてもそんな気にはなれなかった、赤ちゃんを殺してって頼んだのは私なんだから……」
「…………」
 そこまで一気に話して、早苗は天井を見上げた……天国にいるはずの赤ちゃんの方を向いたのか、それとも……俺は何か言葉を掛けてやらなくちゃいけないと思ったが、何も言えなかった……。
「出血が酷かったらしくて、手術の後三日入院してた、丁度今と同じ梅雨時でね、窓の外の雨をずっと眺めてた……なんだかその時の気持ちにしっくりしてたのを覚えてる……でも雨って、地面に降った雨がしみこんで長い年月をかけて湧き水になって、それが集まって川になって、やがて海に流れ込んで、蒸発して雨雲になってまた地面を濡らすのよね、今降ってる雨はその前には何時降った雨なんだろうって……人の一生なんて雨のサイクルの一回分にもならないかもしれない、そう考えるとなんだか落ち着くのよ……小さな悩み事なんてどうでもいい気がして来る……私があの子を殺しちゃったことは今でも悔やみ切れないし、その罪は一生背負って行かないといけないけど……」
 早苗は、すっかり冷めてしまっただろうコーヒーを一口飲んで話を続けた。
「それからすぐに事務所は辞めて、しばらくは小さな会社で事務を執ってたわ、何もする気になれなかったけど、とりあえず収入は必要だったから……三年位経って、やっと司法書士試験の勉強を始めて、でも、最初の内は中々勉強に身が入らなくって資格を取るのに五年かかっちゃった、それで、こっちに戻って今の事務所に雇ってもらって……もうすぐ二年目に入るわ」
「……それで、数ヶ月前、俺と偶然再会した……」
 何を言ったら良いのかわからなかったが、俺はとにかく話をここで終わらせてはいけないと思っていた。
「そうね、そして今も目の前にいてくれてるわ」
「そうだな……俺はずっと目の前に居てやってもいいんだぜ」
「ふふふ……なんだかプロポーズされてるみたい」
「まあ、まだそこまで決めていないけどさ……」
「『そこまで』……って」
「『そこまで』は『そこまで』さ……その前に『まだ』が付くけどな」
「佐藤君……」
「まぁ、俺に少し時間をくれよ、自分で恋愛は理屈じゃないみたいな事を言っておいて筋が通らないけどさ、俺なりの結論を出すまでには少し考える時間が……いや、違うな、自分の気持ちを確かめる猶予が欲しいんだよ」
「……気持ちって……今の話、全部聴いたでしょ? 全部本当の事よ」
「まぁ、俺の知ってる高校生までの早苗は、何時だって冷静で賢くって運動以外は完璧だったからな、そんな早苗が沈んでるんだからよっぽどの事だろうと想像してたよ、もっと酷いことまで想像してたかも」
「もっと酷いって……どういうこと?」
 早苗の顔に少しだけだが笑みが浮かんだのを、俺は見逃さなかった。
「そうだな、あんなことや、こんなことや……うわっ、そんなことまで?」
「何を想像してるんだか……」
 そう言って、早苗はクスリと笑ってくれた……。
「洗いざらい喋ったから掛け違えたボタンは外せただろう?」
「ええ……そんな気がする」
「今度は間違えずに一からかけ直せばいいさ」
「そうね」
 そう答えた早苗の目は、遠くではなく、俺を見ていてくれた……と思う、自惚れじゃなければね。

 店を出ると、雨は上がっていて、おぼろげながら月も見えていた。
 天の川までは無理だが……。

「来年の七夕はちゃんと晴れると良いわね」
「ああ、その時はまたこんな風に並んで見たいな」
 そっと早苗の手を取ると、軽く握り返してきてくれた。
 考えてみれば、小六から高三まで七年間クラスメートだったのに、意識して手を握るのは初めてだった……まあ、急ぐ事はないさ、一つ目のボタンはちゃんと確かめてからかけないといけないからな、ボタンの方も、ボタン穴のほうもね。


(終)