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孤独の行方

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第二章 町井瑠璃子(二)


 山歩きの会当日、中央線の集合駅に着いた瑠璃子は、すぐに麻里を探した。そして、人混みの中にようやく麻里を見つけ、ホッとして近づくと、そのあたりの人はみな会の人だと気がついた。
 周りの人に体験参加者であると麻里から軽く紹介され、瑠璃子も会釈を返した。そして、メンバーがそろうと一行は電車に乗り込み、高尾駅に向かった。ちょっとした遠足気分で和気あいあいと話をしているうちに高尾駅に着き、みんなの後をついていくとなんなく登山道の入り口に到着した。
 
 五月の陽射しは暑く、歩き始めるとすぐに額に汗がにじんだ。ただ涼やかな風が時おり吹き抜け、額の汗を冷やしてくれる。
 ところが、慣れたメンバーたちの足取りは思いのほか早く、瑠璃子は次第に遅れだした。そんな瑠璃子に麻里が付き添い、励まされながら何とか休憩場所の高台にたどりついた。すると、もうとっくについていたメンバーたちは、そろそろ出発の準備を始めているところだった。着いたばかりの瑠璃子たちに気がついた佐原郁夫が声をかけてきた。
「しばらく休んだ方がいいですよ。みんなはそろそろ出るようですが私は残りましょう。ルートはわかっていますのでご案内します。せっかくの山歩き、楽しまなければね」
 瑠璃子はこの親切な申し出に甘えることにした。慣れない山道を歩くのは思ったよりきつい。いきなりの団体行動は無理だったと後悔し始めたところだった。そんな瑠璃子の思いに気づいたのか佐原が続けた。
「気にすることないですよ。初めて参加する人の脱落は珍しくありませんから。そんな時はグループ行動に変更することもよくあるんですよ」
 そう言うと、佐原はメンバーの代表者らしき人に何やら報告に行って戻ってきた。
「ここからは三人のパーティーで行きましょう。そして、町井さんのペースでのんびり景色を楽しむことにしましょう」
 五十八歳になるという佐原は日頃から体を鍛えているようで、年齢よりかなり若く見える。初対面ではあったが、一緒に汗を流すと自然と会話もうまれ、三人で楽しい時間を過ごすことができた。山歩きが楽しかったのか、佐原と麻里との三人の語らいが楽しかったのか、瑠璃子は家に帰って湯船に体を浸かりながら考えたがわからなかった。
  
 翌朝、目が覚めると体中が痛い。昨日の筋肉痛であることはすぐにわかった。だが夫の聡にほら見たことか、と言われないように、さりげない素振りで家事をこなした。
 これではいけないと思い、瑠璃子は明日から、ウォーキングをすることにした。初めの一週間は近くの公園まで往復十五分の行程にした。筋肉痛が取れない中ではそれでもきつかった。しかし、体の痛みが取れてくると以前より体が軽く感じられ、ウォーキングの距離もスピードも少しずつ伸びていった。
「三日坊主だと思ってたけど、ずいぶん続いているね」
 夫からそう褒めてもらうと、瑠璃子は一層この日課が楽しくなった。そして麻里を通して「山歩きの会」に入会した。一度参加したくらいで大丈夫か? と聡は心配したが、体を動かす心地よさ、自然の中を歩く爽快さは一度味わえばその魅力は十分にわかった。
 だいたい二か月に一度のペースで計画されている山歩きの次の会までに、みんなについて行ける体力、脚力をつけておこうと瑠璃子は雨の日も休まずウォーキングに励んだ。
 
 そして訪れた山歩きの当日、瑠璃子は麻里に自慢気に報告した。
「しっかりトレーニングを積んできたから今日は大丈夫よ!」
 その言葉通り、瑠璃子は苦も無くみんなについて行った。休憩場所で休んでいると、佐原が声をかけてきた。
「町井さん、今日はまるで別人ですね」
「ええ、ご迷惑をお掛けしないように鍛えてきましたから」
「それは心強い、今度ぜひサポートの方をお願いします」
 そう言って去っていく後姿を見つめながら、麻里に尋ねた。
「どういう意味かしら?」
「ああ、佐原さんね、新規の人や体調を崩した人を良くお世話しているから、その時は手伝ってくれってことじゃないかしら」
「そうなんだ」
 瑠璃子はちょっとがっかりした。佐原は誰にでも親切にするのであって、この前もその一例に過ぎなかったとわかったからだ。
(私は何を期待していたのだろう……)
 この日の山歩きは何事もなく無事に解散に至った。
 家に帰り湯船に浸かりながら体は楽なのに心は前の時のように弾まないのは、前回の三人の道中が楽しすぎたからだと気づいた。
 翌朝、瑠璃子は筋肉痛に襲われることもなく普通に起きることができた。今までのような気負いはないが、習慣となったウォーキングは変わることなく続けた。
 
 そしてまた二か月が過ぎ、山歩きの会の日がやってきた。この日は前の二回と違い、集合した時から空模様が怪しかった。それでも途中の休憩場所までは天気はもち、広々とした大地で昼食の時間を過ごしていた。
「雨具の準備は大丈夫ですか?」
 佐原が声をかけてきた。
「ええ、やっぱり降られそうですね」
「今日はこのまま戻ることになると思いますよ」
 そう言って去って行った。
「そういうこともあるのね」
 麻里に言うと、
「そうね、自然が相手だからいろいろなことがあるわよ」
とさらりと答えた。
 出発する頃にはとうとう雨が降ってきた。すっぽりとカッパを被って濡れる心配はないが、舗装された道と違い、足元がぬかるんで歩きづらい。この様子では往きの倍はかかるのではないかと思われた。
 半分くらいまで来た頃だろうか、前を歩いていた中年の女性が足を滑らせて転んでしまった。瑠璃子と麻里がぬかるみに足をすべらせそうになりながら起こそうとしているところへ佐原がやってきた。男の力はすごい。女二人がかりで必死に起こそうとしてもできなかったのに、佐原はさっと女性を起こすと、支えながら歩き出した。
「荷物をお願いします」
 そう言われ、二人は佐原と女性の荷物を手分けして持ち、後に続いた。
 
 ようやく解散地点にたどり着いた時は、もうあたりは真っ暗になっていた。転んだ女性もたいした怪我はなかったようで、佐原や瑠璃子たちに何度も礼を言って帰って行った。そして、雨はもうやんでいた。
「すっかり遅くなってしまいましたね。本当なら夕食にでもお誘いするべきところでしょうが、ちょっと急ぐもので失礼します。
 今日はお二人のサポートで本当に助かりました。それでは気をつけてお帰り下さい」
 そう言うと、佐原は急ぎ足で駅の方向へと消えて行った。
 
作品名:孤独の行方 作家名:鏡湖