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テケツのジョニー 3

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 オイラは場末の寄席のテケツに住むジョニーと言うサバトラの雄猫さ。オイラの飼い主はこのテケツの主の姉さんさ。姉さんはオイラにとても優しいのさ。え、美人かって? そんな人間の価値観にはオイラは興味が無いが、姉さんからは何時も得も言われぬ良い匂いがするんだ。オイラはこの匂いを嗅ぐと不思議と気持ちが優しくなるのさ。姉さんの膝の上がオイラにとっては極楽なのさ。
 寄席には色々な部屋があるんだ。オイラは子供の頃からこの縄張りである寄席を探検して知り尽くしている。主な部屋には、まず客席だな。寄席の席亭の親爺さんによると二百五十人ぐらいは入るらしい。それと高座だな。ここは芸人が出て芸を披露する場所さ。彼らにとっては神聖な場所らしい。それと続いているのが楽屋と三味線や太鼓を鳴らす人が詰めている部屋がある。ここには三味線の師匠や前座が詰めていてそれぞれに合ったお囃子を鳴らすのさ。
 寄席の楽屋だが、他の寄席に出た経験のある芸人や噺家によると、どこもそれほど大きくは無いらしい。それは寄席の出番は長くても三十分ほど。大抵は二十分も無い。だから自分の出番が終わると、芸人や噺家はさっさと帰ってしまう。何時までも楽屋に残る事は殆ど無いのさ。だから劇場みたいに大きくは必要無いのさ。でもここは余所よりも大きいらしい。それはここがその昔は大衆演劇の劇場だったからなんだ。オイラは知らないけど、何でも先代の席亭が当時の噺家協会の会長に頼まれて寄席に変えたそうなんだ。その事があったから、噺家協会はこの寄席には結構評判の良い噺家を回してくれるそうだ。これは親爺さんが言っていた事さ。
 その楽屋とは別に稽古をする部屋があるんだ。これは、ある寄席と無い寄席があるそうだが、ここは件の事情から楽屋の部屋数が多かったので、その一つを稽古部屋にしている。 これは何なのだと言うと、前座や二つ目の噺家が噺の稽古を受ける時には基本はその教わる師匠の家に行き、掃除をしたりしてから稽古をつけて貰うのが筋だそうだが、最近はマンション暮らしの噺家も多いし、皆、家が狭いので稽古を付ける場所も無いそうだ。だった考えてもごらんよ。部屋だけあっても駄目で、静かでなければならない。稽古を付けている隣で洗濯機が回っていたり、掃除機の音がしたら稽古にならないだろう?
 だから静かな空間が必要なのさ。その点、寄席の稽古部屋は打ってつけなのさ。静かで誰の邪魔もされないからな。

 今日も稽古部屋では前座の柳亭金魚が稽古を付けて貰っている。教えているのは浮世亭伸楽師匠で、古典落語を演じてる噺家では中堅どころさ。オイラはそっと天井裏から覗く事にした。金魚はドジな奴で年中兄さんの先輩や師匠から小言を貰っている。素の奴は良い奴なのさ。オイラにも気を使ってくれるしな。たまにだが、少ない小遣いを叩いて猫用のオヤツを買ってくれる。だからオイラとしても気になるのさ。伸楽師匠の稽古は噂では結構厳しいらしいからさ。
 姉さんの膝を降りて二階に登る階段に向かう。稽古部屋は二階にあるんだ。
「あらジョニーどうしたの? 稽古部屋に行くの? 邪魔しては駄目よ」
 姉さん。オイラだって寄席の猫さ。そんな野暮な事はしねえから安心してくれ。
 オイラはそう言って(姉さんに通じたかは別だが)階段を登り始める。二階のトイレの流しの上が天井板が剥がれていて、そこから天井裏に登れるのさ。天井裏に登れる場所は他にもあるのだが、それはオイラだけの秘密さ。なんせ秋になると鼠が進入してくるから、そいつらを追い出す必要があるのさ。これでもオイラは猫だからさ、人間からはそんな期待も掛けられているのさ。
 天井裏を進むと僅かに明かりが漏れている所がある。そこが稽古部屋さ。その上にそっと近き覗いて見る。
 すると、伸楽師匠が座布団に座って、その前に金魚が畳に正座している。どうやら今日は三回稽古の三回目で、金魚が伸楽師匠の前で教わった噺を出来るか試されているみたいだった。これは見ている方も緊張しますよ。
「『旦那さん、お使いに行って来ましたよ。あれ……誰も居ないなぁ。どうしたのかしら? ああ、味噌豆、美味しそうに煮えてるじゃないか、そうだ、誰も居ないなら少し食べても判らないだろう』定吉はそばにあった小皿に煮えた豆をよそると、小皿を持って何処で食べようか探し始めました。何処にも見つからなかったのですが、『ああ、あそこにしよう』そう言って憚りの扉を開けるとそこには旦那が! 『定吉どうした?』思わず『旦那、お代わりを持って来ました』」
 どうやら「味噌豆」という前座噺だ。金魚は台詞はちゃんと言えたが仕草が駄目らしい。伸楽師匠に
「そんな食べ方じゃ、豆が美味しそうに見えないだろう。自分で鏡で見てごらん。お客が見て食べたくなるような仕草をしなくては駄目だ」
 確かに、それは言えるとオイラも思った。猫のオイラにも美味しそうに見えれば合格なんだろうな。未だ先は長いな。頑張れ金魚!
 あ、言っておくが金魚は女の子だからな。間違えるなよ。 何でも、昨年高校を卒業して入門したそうだ。色々なセクハラに耐えて頑張ってるのさ。応援したくなるだろう?
 じゃまたな!
作品名:テケツのジョニー 3 作家名:まんぼう