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藍城 舞美
藍城 舞美
novelistID. 58207
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逃避中の出来事

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「逃避中の出来事」


(語り部:マリー=クレール・ド・ラ・フォンテーヌ)

 遠い遠い昔の、遠い遠い国の物語です。現代で言う12月の末頃、ある大工さんと彼のご夫人が、男の赤ちゃんを連れて、夜道を急いでいました。

 人気のない道を歩いていると、1人の女性がうずくまって泣いていました。優しい大工さんは、彼女に声をかけました。
「どうかしましたか」
 しかし、彼女は顔を覆って泣くばかりです。今度は、ご夫人が声をかけました。
「私たちでよろしければ、お話を聞きましょうか」
 すると、泣いていた女性がその一家のほうを向きました。― その顔には、目も鼻も口もありませんでした…! ―


 しかし、大工さんもご夫人も、赤ちゃんさえも驚きませんでした。その代わりに、驚いたのは泣いていた女性のほうでした。彼女は、口がないはずなのに声を上げ、後ずさりすると、走って逃げていきました。大工さんとご夫人は、首をかしげました。男の赤ちゃんは、お母さんの胸ですやすやと眠っていました。

 さて、目も鼻も口もない女性が走っていった先は、どこかの宿屋でした。彼女はそこの主人を見つけると、彼の足もとに転がり込みました。
「ねえ、あなた、私と同類の者でしょう。助けて!助けて!」
 宿屋の主人にも、目、鼻、口がありませんでした。
「これ、何があった、そんなに慌てて」
 女性は、声を震わせながら言いました。
「く、来るわ、一家が!」
「何だおまえさん、人間が怖いのかい?」
「あの一家、ただの人間じゃないわ…!」


 すると、2人が話している後ろから、複数の人間の足音が聞こえました。2人が後ろを向くと、何と話題に上っていたその一家がこちらに来ているではありませんか。宿屋の主人と女性は、恐怖にぶるぶる震え、ついにひざまづいて天を仰いで頭を下げました。
「ああ、われらをお許しください、お許しください!」
「お許しください…!」

 赤ちゃんを抱いている母親が彼らに近寄ると、赤ちゃんは腕を伸ばして2人の頭にさわり、かわいらしい笑みを見せました。彼らは、深々と頭を下げました。


 少したつと、女性ののっぺらぼうは大工さんの一家に尋ねました。
「ところで、あなた方はどちらへお向かいですか」
 大工さんが答えました。
「実はこの子が、ある暴君に命を狙われています。ですから、私たちは砂漠の国へ逃げる途中なのです」
 宿屋の主人は言いました。
「う〜む、それは大変ですね…」

 そのとき、女性ののっぺらぼうが言いました。
「そうだわ、いい考えがあります。あなた方は、すぐに逃げてください。追っ手が来たら、私たちがこの顔で何とかいたします」
 男性ののっぺらぼうもうなずきました。

 大工さんはお礼を言いました。
「ありがとうございます。それでは。」
 大工さん一家は、手を振って去っていきました。
「お気を付けて…!」
 のっぺらぼうたちは見送りました。


 その後、追ってきた暴君の差し向けた兵士たちが、あの妖怪たちの顔を見て逃げ出したのは言うまでもありません。


                                ― おしまい ―
作品名:逃避中の出来事 作家名:藍城 舞美