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著作権シンドローム

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久しぶりに帰国し、空港からタクシーを拾い、直ぐに目的地を告げて、メールをチェックしていた所、窓外の流れる景色に違和感を覚えた。
此処からは目的地まで、何度も通い慣れた道なので、視野の片隅に浮かぶ映像に、記憶のひだが、敏感に反応したのだろうか。
顔をあげ、辺りを見渡すともう、目的地の前である。
時間も料金もほぼ同一で、不満はないのだが、何かが違う。
私:「今までとは、ちょっとコースが違っていた様だね」
私:「いや、料金も時間も同じくらいだが」
ドライバー:「お客さん、最近利用されてなかった様ですね」
ドライバー:「システムが変わってから」
私:「システム、ん」
ドライバー:「いや、人の走ったコースは、全く走れなくなってしまったんですよ」
私:「え、それはまたどうして」
ドライバー:「著作権の侵害とかで」
私:「その著作権侵害とか、どうして証明するんだろうか」
ドライバー:「GPSとドローンで、24時間管理しているとかで」
彼が言うには、タクシー運行著作権管理協会というものが出来て以降、申請されたコースは、許可なく走れなくなったというのである。
しかし、これにも例外があり、強盗被害や、無賃乗車、トラブルなどの緊急事態には、除外されるとの事であった。
乗車中の状態になると、直ぐに手元の端末で、出発地と目的地を入力し、申請済みか、そうでないかを確認して走るそうで、違反をしたら、なんとタクシー運行著作権管理協会から違反金が科せられると言うのである。
そこで、設定コース権利申請者が殺到し、協会には、莫大な手数料が、入っているとの事であった。
そういえば、ネットの記事で、規制緩和が、著作権のような知的財産権にも及びだしたとか、書いてあって別に気にも留めていなかったが、こういう事だったのかと、思いながら、一ヶ谷の、将棋会館に足を向けた。
私は、小説も書くが、主に観戦記ライターとして、活動していた。
以前何度か、将棋の観戦記を書いたことが有り、それが縁で今回、今、日本中で旋風を巻き起こしているある若手プロ棋士の取材記事を、幸運にも託されたのであった。
数日前に取材許可を取り、快諾を得ていた。
将棋会館正面玄関に差し掛かった所、日本将棋連合の理事の方の出迎えを受けた。
さっそく、奥まった第二会議室の方へ通され、取材前の、予備知識を、伺うことになった。
官僚の様な雰囲気をも漂わせる彼は、棋士としても、A級というトップクラスの位置で、活躍されているそうだが、今は対局よりも、連合の運営に、重きを置かれているとの事であった。
しばらくして、若く美しい女性がお茶を運んでこられ、軽く会釈をした後、すぐに退出された。
その時の、彼女の一瞬の芳香が部屋を漂い、人とはこんなにも、いい香りがするものかと
あらためて思ったのであった。
彼女は、職員の方ですかと、うかがった所、丁度
職員はいま出払っております。
彼女は正式な連合の会員で、女流2段の棋士ですと言われ、驚いてしまった。
今は、女流棋士は、実力もさることながら、容姿も洗練されていて、芸能事務所にも、籍を置いており、映画の主役や、メディアのコメンテーターもされ、将棋界以外でも、活躍されているとの事であった。
さて本題に入り、連勝を重ねる彼の事を伺おうと思ったのだが、急に難しい表情になり、腕組みをされ、中々待っても、言葉がついて出てこない感じを受けたので、「何か、問題でも」と尋ねると、
理事: 「いや、彼はプロ棋士になりたてで有りながら、凄い事をやってのけています」
理事:「今まで将棋界を支えてくれた町の道場や、零細将棋教室、将棋の盤、駒メーカー、グッズ販売所、すべて彼の恩恵を受けています、もちろん将棋連合も」
理事:「しかし、ひとつ問題が」と言って口をつぐみ、その飲み込もうとした言葉を引っ張り出すように、
私:「問題とは、何でしょうか、此処まで言って伺わなかったら、それこそ、推測で書くしかありませんが、よろしいですか」と、畳み掛けたところ、観念したのか、ついに理路整然と語られ始めた。
それによると、公益社団法人である日本将棋連合は、国や地方自治体からも多額の公費を受けており、また御多分にももれず、外部から数名を専務理事として、引き受けているとの事であった。
そして、その理事会で、外部役員らが、この硬直化した収益の柱にと、ある提案をして来たのである。
それが、棋士たちが心血を注いで作り上げた棋譜に、著作権を適用し、そこから収益を上げようというものであった。
この提案に、全ての会員と、理事会メンバー、外部有識者の間で、色々な意見が出ては、消え、また新たな提案がありと、ひと月の間、紛糾した結果、ついに、正式に概要が発表されたのであった。
それによると、日本将棋連合の中に、
将棋棋譜著作権管理協会という組織を作り、日々生み出される棋譜を一括管理し、これを利用する場合は、速やかに協会から許可を受け、利用料の支払い義務を負うものとする。
また、これは若手棋士からの意見を取り上げての、制度であるが、新しい戦法や、ある局面での新手、最善手は、これを最初に生み出した棋士が、すべて著作権を有するものであるので、他が採用する場合は同じく、速やかに協会から許可を受け、利用料の支払い義務を負うものとする。
と言う事であった、それで、誰も思いもよらない戦法を編み出した彼が、それを武器に、連戦連勝を重ねているのかと、納得した次第であった。
理事は、これでは、将棋の発展に陰りが見え始めるのではないかと、呟いておられたが、これも時代の流れと言う事かと、納得し、明日の対局観戦記取材の為、本日はこれで引き上げる事にした。
途中、宿泊先のホテルに向かう前に、夕食を済ませておこうと、繁華街のビルの一階にある、真新しそうな寿司屋に入った。
ビールを一気に飲みほした後、注文していた寿司が出てきて、それを見た途端に驚いてしまった。
なんと、寿司がひっくり返った姿で8貫並んで出てきたのである、もしや待てよ、これも著作権に関わりがあるのではと思い、亭主に尋ねたところ、
亭主:「よく御存じですね、あっしの修行時代には、こんな事はなかったんですがね」
亭主:「今は、江戸前寿司著作権管理協会という、やけに長ったらしいのが出来やしてですね、酢飯にネタを乗せるのは、著作権侵害だ、ちゃんと金払って、許可を取れってんですよ。」
亭主:「こちとら、江戸っ子だ、そんなバカなことがあるけぇと、思ったんですけどね、法律を盾にきやがるもんですから、」
亭主:「だったら、ネタの上に酢飯のせりゃー、文句あるめぇと思いやしてね」
私:「彼らが何処かで、見てるとでもいうのかね」
亭主:「旦那、ほらあれをごらんなさいと」店の片隅を指さし、その先を目を凝らして見てみると、何やら空中に漂っている物体があった。
亭主:「ありゃ、ドローンとか言いやしてね、トロじゃないですよ、あれで監視してやがるんですよ」と吐き捨てるように亭主は捲くし立てた。
私は、そのひっくり返った寿司を食べ終わると、腹に入れれば、同じ様なものかと呟き、支払いを済ませ店を後にした。
作品名:著作権シンドローム 作家名:森 明彦