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柿ノ木は、残った。

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私の家の前にある一本の柿ノ木とは、40数年来の対立関係にあり、感情的にもすこぶる根深いものがあります。
彼も、表には出しませんが、かなり根深そうで、幹の辺りは、仁王様ばりのこぶをつけ、威嚇でもしているかの様です。
夏には、太陽の光を全身に浴び、エネルギーをいっぱいにため込み、秋にはそのエネルギーを一気に放出させるがごとく、たくさんの実をつけます。
ご近所の方々は、これを収穫し皮をむき、軒下につるして、干し柿作りに精を出されます。
私も一瞬、思った事はございますが、何せこの構図では、味が悪いというか、いえ、決して味は悪くはございません。
それどころか、大変甘くて、美味しいものでございます。
え、それは、「詭弁ではないか」とお叱りを受けるようですが、生産者から直接頂くものではなく、
複雑な流通過程を経て、ご近所様から、届きましたもので、これはもう、そういったしがらみは消え、地元の名産とでも申しましょうか。
さて、話はもどりますが、冬にはすっかり葉を落とし、根元辺りにしがみついていた枯葉たちも、からっ風に吹き上げられ、何処かへと旅立ってまいります。
人間の感覚から申せば、冬には厳しい寒さから身を守るため、着込むものでございますが、彼はすべてを拭去り、みひとつで、いや、みきひとつで冬の寒さに耐えております。
敵ながらあっぱれ、とでも申しましょうか、これが植物の生きざまなのでしょう。
しかし、春先になりますと、仮死状態から一気に目覚めたかの如くに活動が始まります。
いたる所の幹回りから、吹き出すように新芽が伸び出し、傍若無人に、我が家の太陽光を瞬く間に奪ってしまうのです。
相手が人なら、日照権を盾に取り、裁判に訴えることも出来ますが、相手が木となると傍観するしかございません。
今の時代、電気、ガス、水道、どれをとっても止められたら、立ち行かず、光も同じでございます。
そこで毎年役所に出向き、伐採を陳情するものの、風致地区で、観光道路沿いと言う事もあり、申し訳程度に伐採されます。
引っ越す訳にもいかず、彼のお墨付きの前には、
ひれ伏すのみかと、思っていた所、事態は何処で一変するかわかりません。
観光整備事業の一環として、この辺りの道路が拡張される事となり、威容を誇っていた柿ノ木もあっという間に撤去されてしまいました。
しかし思い起こせば、元々、彼が住み着いていた所に、私が家を建てて引っ越してきたので、彼にも随分と言い分はあっただろうに思うと、何か不思議な感情がこみ上げてまいりました。
何も言わずに、去ってしまった彼の住んでいた辺りを
手でいつくしむ様にならしていると、柿ノ木の幼芽が出ているではありませんか。
はっとして、ああ、彼が残していった一粒種から芽が出ていると思った瞬間、何か肩の荷が下りたような気分になりました。
よくぞ残してくれたものだと感謝し、子供の成長を見守る親の様に、現在では、柿ノ木の幼芽を日々愛しんでおります。
この柿ノ木の幼芽が大きく成長する頃には、たぶん私もおらず、次の世代がどう付き合っていくか、先代の柿ノ木とともに、見守っていきたいと思っております。
作品名:柿ノ木は、残った。 作家名:森 明彦