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レイジア大陸英雄譚序幕

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 ボーモルはそう考え、剣を握る手とは別の手で腰から一本の棒を引き抜く。ツバサが止める間も無く、棒から強い閃光弾が放たれる。しかしそれはツバサを襲うでもなく、町の中に飛び込んで行くでもなく、町の上空へ飛んでいく。しかも、町の上空で失速した上に弾も輝きを失って消えてしまった。
 「何をッ!」
 ツバサが大きく短く問いかける。ボーモルは髪をなでつけ、余裕を取り繕って言う。
 「あの町の周辺には他の魔族を潜ませている、今の信号は突撃の合図だ!」
 ツバサが踵を返し、町の方へ走ろうとする。ボーモルは高笑いを上げる。
 「フハハハッ! させるものかッ……!?」
 その時、空に炎の嵐が吹き上がる。一瞬にして消え去ったそれにツバサもボーモルも足を止める。
 「何が……?」
 
 ボーモルの訝しげな言葉をツバサは聞き逃さなかった。これが相手に取って不測の事態であると感じ取った。つまりあれは信号弾に対する応答ではないのだ。
 あの炎の嵐は一瞬だけ吹き上がって、消えた。街に被害が出た様子はない。これが何らかの信号でないとするならば。もし本当に魔族が潜んでいるとするならば。誰かが魔族と戦っているのではないか? 今の炎はその証ではないのか? そして、魔族と戦える人間がこの街にいるとすれば。
 ツバサの心の中で沸々と熱いものがこみ上げてくる。溢れたそれは自信の笑みとなってツバサの顔に浮かび上がる。
 「どうやら……『英雄』が動き出したみたいですね」
 
 「『英雄』? 英雄だと……馬鹿な、そんなものがいるはずがない! 勇者とてもう数百年前に死んだのだ!」
 ボーモルは動揺する。してしまう。本来ならば鼻で笑っていた。だが、誰かが戦っている。あの街の向こう側で。恐らく魔族複数を相手にして。ボーモルよりは格が劣る魔族だが、それでも魔族で、しかも複数だ。並大抵の人間ならばまともに戦うことすら出来ないはずなのだ。
 第一、魔王は復活している。ならば魔王が復活する度にそれを殺してきた勇者とて新たに生まれ変わっていても不思議ではない。しかし、勇者の噂は大きなものではなかったはず。ボーモルは剣を構える。兎に角目の前の目障りな虫を排除して、一直線に勇者とやらの背中を討つのだ。どれだけ勇者が強かろうが、今の段階ならばきっと残った魔族と連携することで殺せるはず。
 そしてボーモルは多少無理をしつつ会心の一撃を放つ。時間は掛けていられない、その判断で、だ。しかし。
 「なっ……にぃッ!?」
 攻撃はあっさり弾かれ、返す刃が迫る。ボーモルは辛うじて回避するが、魔装で守られているはずの鎧に深い傷跡が残る。
 目の前の剣装を纏った人間は無理な追撃を加えず、剣を再び構える。ボーモルはそれを見て意図せず喉が鳴った。
 (これは何たる気迫……いや、恐怖!? 俺が人間ごときに恐怖しているというのかッ!?)
 ボーモルは剣を構える。しかし気を落ち着かせる前に目の前の剣装は、先程とは比べ物にならない力を振り上げた。受け止めようとしたボーモルの剣が欠ける。
 「剣がッ!? 馬鹿なッ!」
 
 そして、ツバサの戦いぶりはトキヤの街の、城壁の上からでもよく見えた。
 その戦いぶりは人々の胸を熱くした。勝てるかも知れないという希望を、熱気を与えた。
 「怖じけるな!」「あそこで今戦っている、たったひとりの少女に負けていられるか!」
 人々は武器を握る力に一層強い意志を込め、前へ前へと敵を押し出す。
 その気合に魔物達も押され気味になる。頑丈な盾を持ちゴブリンの中でも怖気づきづらいゴブリンガード達の腰が引ける。固い肉程度にしか思っていなかった獲物が敵に変わる事に畏怖しているのだ。
 人間達はここぞとばかりに攻撃を加えた。その畏怖に慣れてしまえば再び態勢を立て直されてしまう。そうなる前に一兵でも多く数を減らさなければならない。
 戦えぬ者達も流れの転換を敏感に読み取り、戦火の届かぬ後方で動き出す。武器は持てずとも物資は持てる。人を運ぶ事ができる。治療ができるものもいる。
 
 その彼らの戦いは、希望は、ツバサの身体に流れ込んでくる。
 剣装ハルモ。希望を受け取り、希望を伝え、希望によって力を増す特殊な剣装……否、聖剣装の域に達しつつあるモノ。
 ツバサの身体を伝い、希望の力は剣に纏われる。その力は実体化し、光り輝く。
 その様は、正しく伝説に語られる聖剣のごとく。
 「これが、希望のォォォッ!」
 ツバサは剣を上段に構え、一息に振り下ろす。
 その刃は剛力にして神速。余波ですら受け損ねた魔族をバラバラにする力がある。そう悟ったボーモルは剣を受け流すように構え、防護魔法で何重にも身を保護する。しかし。
 「馬鹿な、人間如きが、こんな力……!」
 光の奔流が剣を突き刺す。鉄砲水の如き暴力がボーモルの全身を打つ。剣にヒビが入り、身体に纏う鎧が劣化していく。
 「この力でェェェェェッ!」
 ツバサが吼え、持った剣を無理矢理押し切る。ボーモルの持つ剣が砕け、光の刃はボーモルの身体を両断する。余る光の力は同心円状に周囲へ放たれ、触れるあらゆる生物に飲み込まれる。
 「馬鹿なァァァァッ!」
 ボーモルの身体を実体化した魔力が蠢き、二つを一つに戻そうと躍起になる。しかし傷口から光が溢れ、実体化した魔力は光に打たれて消失する。
 やがて、実体化した魔力は消え去り……両断された異形の人型の死体だけがそこに残されていた。
 両断しきったツバサも後ろへ倒れ込む。個人の身には余る希望の力。それは指先で振るう事ができるほど簡単な力ではない。しかし、ツバサは今制御してみせた。そして。
 「……勝った!」
 総大将である魔族の戦死、そして光の輪。それは魔物の士気に多大な打撃を与え、人間達の戦意を大いに向上させた。
 
 そして、光の輪は街の反対側で戦っていた相手にも届いた。
 剣装を纏い、魔族を相手に圧倒はしたが、いつまでも続くものでもない。魔族とて慣れればそれなりに戦えるようになるものだ。
 しかし、死線における経験値の量と覚悟は魔族側も中々のものであったが、リョウジには及ばなかった。何よりリョウジには天性のものとも言える高い戦闘能力がある。剣装との相乗効果は魔族の首元に剣を突き立てるくらいにはまだ残されていた。
 その上で無理をしてまで魔族を逃さぬように戦いきった事で全ての力を使い果たし、剣装が解除された状態で木を背に身体を投げ出していたリョウジは、たしかにその光を見た。
 (綺麗だ……)
 大地から空へ伸びる光の柱。希望というのは、英雄というのはああいうことを言うのだろう。
 誰かが戦っている。誰が戦っているのかは、なんだか分かるような気がする。きっとあの少女だろう。
 逃げる魔族を見逃せばもう少し楽に戦えたのに、そうしなかったのはあの少女に当てられたからだろうか。
 英雄たる資格を失い、英雄であることを放棄しても尚、英雄でいたいと願う自分が今更身体を起こしたのだろうか。
 (……)
 リョウジは周囲に魔族の死体を転がしたまま、血塗れの身体を拭う事もなく静かに目を閉じた。